東京の米、そして猫の恋

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本日快晴の東京タワーです。うそです。うちの前の電信柱です。
すっかりご無沙汰してしまいました。
石神夏希です。
『東京の米』終了から早1ヵ月半。劇場で皆さんとお目にかかれて、本当に幸福でした。

いま、ペピンは、あのキラキラする時間を乗り越えて、
新たな銀河系に向かって旅立ちの準備をしております、キャプテン。
そんなわけで、このブログを続けるか否か、まだわからなかったのですが、web masterとも相談のうえ、続投させていただくこととしました。
ここで「さようなら」を言わなくてすんで、嬉しさ半分、
席を立ちかけて中腰で呼び止められちゃったような、気恥ずかしさ半分。


『東京の米』について最後に書くので、ちょっと個人的な感想を。
稽古場で読んだ詩をお送りします。
萩原朔太郎、「旅上」。

ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背広をきて
きままなる旅にいでてみん。

がんばれよって感じですね。ふらんす、行けよ。
けれどもふらんすに行かずに、ちゃぶ台の上に腰掛けてみる楽しさ。
ほんとうはふらんすへ行きたくはないんだろう、ここにいたいんだろう。
「ここ」への愛情は、いつも「ここではないところ」へ向かっていく。
本当はふらんすに行きたい訳じゃない。
本当は東京がいやなわけじゃない。
あなたがいやなわけじゃない、私がいやなわけじゃない。
もっとちゃんと、ここにいる、あなたと私になりたい。
台風起こしたいのは、今ここなんだけど、
でも口をついて出るのは「ふらんすへ行きたい」という言葉だけ。
ぜんぜん、コミュニケーション取れてないよ。愛が伝わっていないよ。
愛情をうまく表現できなくて、黙って鼻息ふいてる人。

この前、生まれた町に行ってみました。東京都練馬区江古田。
思い出なんか、まったくよみがえってこなくて、私の見知らぬ町でした。
でもそれは、「東京」だと思いました。東京は見知らぬ町。
私の生まれた町じゃない。
けれどもそのことに、「東京を知らない」ということに、少しほっとしました。
『東京の米』は、東京や米について、知らない人の芝居でよかったんだと思うんです。
あなたを愛してる、という言葉の意味を、ぜんぜん分かってない人の愛情の話でよかったんだと思うんです。
どうもありがとうございました。

次に皆さんにお目にかかるまで、またここで書いていきますので、
時々遊びに来てくださいね。
待ってます。

桜のあとの春がやってきました。
桜のあとの春は、発情期の猫の小便の匂い。

「なの花にまぶれて来たり猫の恋」 一茶

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