2004年5月アーカイブ


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またしてもご無沙汰してしまい、申し訳ありません。石神夏希です。
実は、この2週間ほど入院をしておりました。
ネット環境と体調が整いましたので、今日は病棟の公衆電話からお送りします。
ちょっと馬鹿正直すぎて嫌だなあって気もするのですが、馬鹿だからいま居る場所のお話をしようと思います。

友人が以前、「病院の帰りに母親と一緒にクリームソーダを飲んだ」という思い出を話してくれたことがありました。
うまく説明できないけど、説得力のある組み合わせだと思いませんか。
病院とクリームソーダ。なんとなくどきどきする。
生きていくことや体が良くなることから、すごく遠いモノだからかもしれませんね。
摂取しても仕方のない、甘さと派手な色。
弾けそうな欲望。あけっぴろげで惜しみない媚。
この病院はぴっかぴかのハイテク病院で、最上階にきれいなレストランがあります。
昨日、そこに行って、クリームソーダを飲んでみました。

真っ白な壁に囲まれて。
エメラルド色は希望の色。
炭酸と混じって泡立つバニラ。
口紅みたいに真っ赤でたぶん美味しくないチェリー。

といきたいところですが、チェリーは入ってなかったです。キスが上手かどうか、試せなかったです。


病院の窓からは、工業地帯が見下ろせます。
これがまた、いいんです。ものすごくどきどきする。神々しいくらい、かっこいいんです。
もくもく煙を吐き続ける赤白縞の煙突。煙草の火みたいに点滅するライト。
天に掛ける梯子みたいなクレーン。大きなトラックがベルトコンベアに乗ったみたいに、次々と陸橋を流れていく。あと関係ないけど、野球場のハロゲンがガンガン点いてる。
病院と工業地帯。療養というと、「しばらく、空気のいいところで・・・」なんつて、お坊ちゃんが修善寺あたりでぼんやり過ごしたり、海のそばの病院なんかが良いようなイメージがありますね。
工業地帯もまた、健康を目指す積極的な姿勢からは程遠い。

けれども不思議と、クリームソーダと工業地帯が、生きてるなあ、生きていくんだなあって気分にさせてくれるように思ったんです。
闇雲な情熱とか、ひとの体温とか、走り出したいような欲情とか、思い出させてくれるんです。


いま居るのは、工業地帯の夜景が見えるラウンジです。(私のベッドは残念ながら窓に面していません)
ここに来ると、自分の力ではからだを起こすことができないおじいさんが、必ず居ます。いつも腰を90度近くかがめていて、完全にうつむいているので、顔を見たことがありません。
昼夜問わずラウンジに居るのですが、何をするかといえば、からだを起こすことができないので机に突っ伏しています。ずーっとその姿勢で居ます。窓の方に目を向けることは、チラともありません。
けれどおじいさんが、この景色のそばに居たくて来ていることを、私は知っています。
無機質で無表情だけれど、たくさんのエネルギーでもってがんがん稼動している、大きな機械たちは、たしかに病気を圧倒するような力で動いているのです。病人たちは、その無表情なエネルギーに憧れているのじゃないかしら。

もしも、おじいさんが顔を上げるときがあったら、そのとき目が合ったら、
「レストランに行って、クリームソーダでも飲みませんか」と、声を掛けてみたい。
欲を言えば、クリームソーダにチェリーが入っていたら、おじいさんもっと元気になると思うんだけど。
そんな気持ちを口に出すことができず、今夜も私は、机に突っ伏したままのおじいさんとふたりぽっちで、静かな夜のラウンジに居ます。
あと一時間で消灯時間、病棟では静かな寝息だけが聞こえるようになります。
それまでの間、私は窓辺に立って夜空の星をもくもく隠してしまう煙を眺めます。
おじいさんは机に突っ伏したまま、工場の呼吸を聴いています。

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