火事、あるいは虹

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『ポエムの獣』、無事中盤を過ぎ、残り2回となりました。
観に来てくださった方、ありがとうございます!
まだいらしていない方もぜひ。お目にかかれれば幸いです。
きっと、素敵な場所でびっくりしますよ。

今回は、ポエムの獣だけに、ひとつ詩を紹介させていただきます。
たった2行の詩です。宮澤賢治、「報告」。


さつき火事だとさわぎましたのは虹でございました
もう一時間もつづいてりんと張つております


宮沢賢治は、「風の又三郎」や「銀河鉄道の夜」など童話作家として有名ですが、
根本的には詩人なんじゃないかと私は思っています。
詩も書く作家、なのではなくて、童話も書く詩人なんだと思います。
今回のお芝居の、クライマックスのシーンは、「報告」というこの詩を意識しています。

先日読んだ本で、面白いことが書いてあって、
中世の荘園時代の刑法では、村(地域のコミュニティ)に犯罪者が出ると、
彼を追放することに加え、犯罪者の家を焼き払ったそうなんです。
それだけではなく、加害者の家、犯罪者が途中で立ち寄った家まで焼き払ったそうです。
つまりこれは、「刑罰」という以上に、「祓い」の意味が強い。
ケガレ、悪、というものを、それが触れたところを焼き払うことで抹消して、
「無かったこと」にする。清める。
そうやって、村/コミュニティ/地域の安全を守っていたそうです。
治安=ケガレから守ること。

悪というものは、ごく日常的には倫理的に許されがたいことをイメージしてしまいますが、
たとえば「病気」というものを一般的に私たちが「悪いもの」として考えているように、
それが「悪」に含まれるのであれば、
ほんとうは「悪」って私たちの生活やからだや精神を、正常な道筋から逸脱させるものだったり、
生きていくことを侵害する、侵略してくる、大きなパワーを持った何者か、なのかもしれません。
それこそ「ケガレ」に近い。
何が善か、何が悪か、ひとつの基準でははかれない相対的な世界に私たちは生きているから、
戦隊ヒーローものを見ていて悪者に同情したり肩入れしたりしてしまう私たちだから、
「悪」は必ずしも忌み嫌われるものだけではなく、時として魅力ともなりうる大きなパワーを
持ったものなんじゃないかと思います。

少し話がそれましたが、
そういった大きなパワーを持った「悪」を焼き払う、そんな火が、
ときとして虹に見えたりするんじゃないかしら。
雨上がりに、ある角度から、ある時間だけ見える幻のような。
きらきら輝く、夢のような明るい光。
逆に、虹が火事に見えることもあるかもしれない。美しいもののなかに「悪」を見る。
燃え上がる幻。

宮沢賢治がどんな虹を見たのか、私には知るすべがありませんが、
美しいもの(たとえばそれも、「善」と呼ばれる)と
「悪」が混沌としてともに燃え上がるような"ポエム"を、
彼の「火事」という詩には感じるのです。

ちょっと抽象的な話になってしまいましたが、
そんな「火事」あるいは「虹」を、
横浜でお見せできたらいいな、なんてだいそれたことを思っております。

皆様のお越しを心からお待ちしています。

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