2004年12月アーカイブ


健康

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石神です。
私事ですが、先月と今月は、お芝居をやっている人たち(海外含む)とたくさんお会いしています。
皆さんいい方たちで、本当に魅力的な方たちだったんですけど、
それ以上に皆さん「本気」です。マジ、と読んでください。
こんなにも、世の中の人たちは真剣に、本気でがんばっているんだ。と、当たり前のように見える
事実にいまさらながら呆然としています。

お芝居を始めて以来、自分の力不足とかとはまた別に、
目の上の瘤というか、朝目が覚めたらいきなり胃もたれみたいなものをずっと感じていました。
物心ついたらいきなり不況、でもよいのですが
(でも、不況社会しか知らないから比較対象もありませんけれど)
それはどうやら、20年後にお芝居をやっている未来設計図が描きづらい、ということで、
少なくともこのガラガラくじには「大当たり!」の金色の玉は入ってない、ということで。
今は「いい会社」だって潰れるし残業手当も出ないから、どこも同じといえば同じなのでしょうが、
お芝居を、辛い顔したり、文句言ったりしながらやってると
「じゃあやめればいいじゃん」と自分にツッコんでしまいそうだったので、
ニコニコと、それとなく黙々と、情熱の炎を燃やしてきたのでした。

自分自身はそれでもよくても、そういうものに仲間を求めること、
たくさんのお客さんに観てほしいと「望む」こと自体が、ちょっと後ろめたかったです。
気づいたら、自分が「おしん」みたいな顔になってるんじゃないかって。
うっかり「おらぁ、今のままで充分幸せだ」とか書いたことのない台詞言ってしまうんじゃないかって。
そんなシミッタレタ笑顔じゃお嫁にもいけないんじゃないかって。

多くの人たちがそうであるように、私も「選択肢がないってことは、自分でつくればいいんじゃない!
可能性のある世の中じゃない!」って元気よくハッタリを言うくらいの気概はありましたけれども。


自分が胃もたれしているのに、隣で頭痛いって言っている人のために、
一杯の水を持ってきてやれるような人たちに会いました。
少なくとも、私はそう思いました。
もちろん、自分の胃もたれのためにも、一杯の水を、忘れませんが。
自己犠牲的じゃない。這いつくばっていても軽やか。したたか。
書初めに「健康」って書いたり、初詣でお祈りするだけじゃなくてですね、
健康にならなきゃ!って目指すことでもなくてですね、
本当に、健康じゃなきゃいけないんだと思います。
でもそれは、胃もたれしてないこととは違います。
胃もたれしてても、たのしくげんきに生きてるかってこと。


このブログで、お芝居の世界のこと書くのは実は初めてですね。
生来の控えめ人間なので、ついつい譬え話でお話してしまいました。
わかりづらくてごめんなさい。
でもね、もうあんまりしません。他にもっと上手に喋れる人が居るはずです。
饒舌は私の仕事ではありません。ほかの方々の、大事な仕事です。
私は別のことをします。


ちなみに、これは現実的な話ですが、私はアレルギー世代の子供たち、というわけで、
20余歳にしていくつかのpetit持病を持っていますが、病気と一緒に元気に生きています。
ティーンエイジャーの頃は毎晩、養命酒を欠かさず、ハツラツとした青春を送っていました。
病気のお陰で、以前より「健康」になったとも思います。
病気が増えるたび、歩き方や眠り方、恋の仕方も変わるから。
以前より注意深くなって、自分のからだに耳を澄ますようになるから。
「胃もたれ」は響きがかっこ悪いけど、
お芝居が、世の中の「疾患」や「痛み」になったら、いいかもしれません。
お芝居が世の中を毒すとか、お芝居やってる人が病人だとかじゃないですよ。
疾患を抱えこみながら、世の中が生きていくってこと。
歩くことや眠ることやセックスが、もっと気持ちよくできるにはどうしたらいいか気づくこと。
健康になっていくってこと。


ちょっと前向きに書きすぎたでしょうか。

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