2005年5月アーカイブ


タイトル

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この写真のタイトルは、「オラの町にも電気が来たよ」です。

というのは嘘ですが、寂しい風景には、明るい言葉が似合います。
というか、寂しい風景に悲しい言葉はやりきれない。
悲しくってやりきれない。

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誰にも気づかれないようなパーマをかけました。石神です。

ここに来て、読んでくださっている皆さんは、お気づきかと思いますが、
最近、このブログは少し変わりました。
茶髪にしたわけでもパーマをかけたわけでもありませんが。

もともと、稽古〜上演までのあいだの作品にまつわる色々なモチーフや話題について
いわば作品のなかに散らばる要素それぞれを、ここで少し詳しく掘り下げてみることで、
劇場で皆さんとお会いすることがもっと楽しくなればいいな、という目的で始めたブログです。
目的地が決まっている旅をするなかで、寄り道したり、脇道を入ってみるような。

いまも、その目的は変わっていないのですが、
今年のぺピンの活動は、昨年までと少し違います。
少し違うことをやろうとしているのです。
必ずしも目的地の決まっていない、少し長い旅をすることになりそうです。
だけど旅に出ることは決まっているのです。

このブログは日記ではありません。
私個人の日々のつぶやきでもありません。
目的地を目指して、そこに集約されていくための、旅路です。ここではないどこかへ、なんつて。
というか、そういうものになっていけばいいなと思っています。
ひとつひとつの積み重ねが、どれひとつ無駄にならないような。
逆に言えば、ここに書かれること(コメント含め)すべてが、どこかにちゃんと掬い取られていくような。
どうですか、そんな感じ。ご意見お聞かせください。

忘れてしまいそうになるから、今日はここに覚書。

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帰り途、コンビニでマシュマロを買いました。
色白で、可愛い女の子が、「マシュマロを毎日食べると肌が綺麗になる」と言ったから。
彼女の肌はマシュマロで出来ているんじゃないかとちょっと思ったから。

でも多分、こんな時間にマシュマロを頬張っている私は、彼女みたいにはなれそうにないです。
お腹がぐうぐう鳴って仕方ないから、どんどん口に放り込むんだけど、
舌の上で溶けて、ぜんぜん満たされません。

ああ、お空の星がマシュマロに見えてきたよ。

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恋愛物語

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どうして一人ではいられないの?

以前からずーっと気になっていた未来科学館。
でも不精が災いしてまだ行ったことがありません。
これを機に行ってみようかと思います。
やっぱりひとりでは居られないだけに、一緒に行ってくれる参加者求む。です。

ところで、「ふたり」というと、私はどうしてもこの歌が浮かびます。
NHKの「みんなのうた」でやっていたので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。

「ふたりは80才」

♪お茶でものもうか おばあさん
 はいはいのみましょ おじいさん
 ふたりでおせんべ はんぶんこ
 yah yah yan ya ya ya ya ya yan!

 庭にはひまわり きれいだね
 もうすぐ菊が 咲きますね
 お前も年中 きれいだよ
 yah yah yan ya ya ya ya ya yan!
 ふたりは80才

 おもてで だれかの声がする
 あれは お向かいのイヌでしょう
 ちがうよ となりのネコだろう
 yah yah yan ya ya ya ya ya yan!

 だれもこないのも いいもんだ
 しずかに お話しできますね
 しずかすぎても ねむくなる
 yah yah yan ya ya ya ya ya yan!
 ふたりは80才

 今夜はお酒を のみたいね
 ちょっぴりだけなら いいですよ
 ちょっぴり何度も のみたいな
 yah yah yan ya ya ya ya ya yan!
 ふたりは80才

 今でもわしが 好きだろか
 あらあらそんな オホホホホ
 そりゃまあそうだね アハハハハ
 yah yah yan ya ya ya ya ya yan!
 ふたりは80才

 そろそろねようか おばあさん
 そろそろねましょう おじいさん
 空にはまあるい お月さま
 yah yah yan ya ya ya ya ya yan!
 ふたりは80才

チャーミーグリーンのCMみたいに、手をつないだハツラツとした老夫婦ではなくって、
80歳になって、すごくシンプルなことしか話さなくなって、わりと行き当たりばったりで、
ほんとうのことを喋ってるかどうかもわからないけど、もうどうでもいい。
そんな風に一緒に居る、ふたり。

リアルな会話という感じはしないけど、
「ふたり」で居ることを根っこで支えているものって、コミュニケーションではなくて、
最終的にはディスコミュニケーションなんだろなと思ったり、します。
そんな歌だと思います。
そんな「みんなのうた」。

あ、今日は初めてブログっぽいこと書いたかもしれません。

Galvanni 09/06
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馬は走る

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素朴な疑問なんですが、「走馬灯」って本当にあるんでしょうかね。
私は死んだことも、死にそうになったこともないので、ぜんぜん分からないのですが、
以前からちょっと気になっています。
無いなら無いでも、構わないんですが、できたらあってほしいな。

死ぬ瞬間に、誰の顔が見えるのか。
思いもよらない人だったりするのかな。小学校の校長先生とか、
子供の頃、社宅に住んでいたときに一緒に遊んだ子とか。
引越しのときにトラックにピアノを積み込んでいた運送屋のお兄さん。
電車の中でラブレターをくれた知らない男の子。
好きで好きで仕方なくて、いつも遠くからみつめてた、ふたつ年下の女の子。
通学途中にいつも挨拶してたのに、或る日突然いなくなった柴犬。

誰の顔が見えるか、分からないんだけど、
やっぱり然るべき人の顔が見えて欲しいって思うのです。
然るべきっていうのは、期待している、っていう意味になってしまいますが。
でもそんなもの見えたら、死ぬのがイヤでイヤで仕方なくなってしまうかな。

ちなみに私は、最後に見えるのはきっと、まだ生きている人じゃないかと思っています。
自分よりも先に死んだ人(たとえば、三途の川の向こうで死んだ人たちが待ってるとか)は
登場する気がしないんですよね。どうしても。というかして欲しくない。
前世とか、まともに信じたことはないけど、
子供の頃からずっと、自分は死んだ人の代わりに生まれたって思っていました。
あー戻ってきたんだなー、って。
だから、死んだ先には天国とか別に何もなくて、みんなこっち側に戻ってくると思ってました。

「走馬灯」って、彼岸に属するものじゃなくて、「生」の此方がつくってる気がする。
未練がましいものじゃないかって思う。死ぬのが楽になるための、気休めなんかじゃなくて。
どうせなら未練たらたらで死んでいきたい。
死ぬときに後悔したくないなんて思わないです。

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今日は、よい天気でしたね。
頭のてっぺんから蕩けるような。
アイスクリーム日和です。

そんな青空の下、アイスクリーム屋さんに行ったのですが、火曜定休のはずが生憎お休みでした。
看板に「定休日変えました」とあって、どうやら明日の代わりに今日休むことにしたようです。
明日出来ることは今日やろう。
すてきな心がけです。

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いろは

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電柱の陰に咲く花も、色はにほへとちりぬるを。

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先日、知り合ったばかりの人から「手がキレイ」と誉められました。
時々、誉められます。ほぼ100%、女性からです。
女の人は結構、細かいところまで見ていますからね。

でもそれは正確に言うと、「爪がキレイ」という意味です。
私は手も足も、たぶん平均より少し小さめなのですが、
爪だけがちょっと驚くくらい大きいので、
普通にしてても実際より指が長く見えるし、マニキュアなんか塗ると結構目立つのです。
真っ赤なマニキュアとか、小さな丸い爪に塗ると可愛らしくてよいものですが、
私が塗ると「人喰いオニババの手が血みどろ@食事中」みたいな
状態になっちゃうので、涙を呑んで諦めています。

皆さん、ご自身の爪をじっくりご覧になったことはありますか。
注意して触ってみたことはありますか。
爪って、健康状態がわりと素直に出るんですよね。
色もそうだし、強度とか割れにくさも出る。
でも一番分かるのは「滑らかさ」です。

栄養をちゃんと摂っていないと、爪はデコボコになります。
たとえば、1ヶ月前に忙しくてご飯がちゃんと食べられなかったとしますよね。
で、今現在は普通に食べているとすると、爪の中程が少し凹んでいると思います。
横に溝が走るような感じで。
触ってみるとよく分かります。
これが、長期的に食事や生活が不規則になると、表面が全体的に凸凹した感じになってたりします。
そんな風に、爪には「その人がどんな生活をしているか」が、記録されているのです。
レコードの溝みたい。

昔好きだった人の手指の爪は、ずいぶん凸凹でした。
手をつなぐたびにその生活のたいへんさが思いやられて、
悲しいようないとおしいような気持ちになって、一生懸命凸凹をさすったものでした。
だけど数年後に再会したときには、その手指の爪の表面にはどこにも溝なんか見当たらず、
つるんとした健康的な爪になっていました。
その人は何も言わなかったけど、
私は、その人が女の子と一緒に暮らしてるのを知っていました。
好きな人の爪を、滑らかにしておきたいなら、
凸凹になってからあわてて撫でさすってもダメなんだと思いました。
毎日、規則正しく摂取する栄養が、爪をつくるのですから。
一緒に過ごす食卓、その蓄積が、キレイな爪をつくるんだから。


なんでこんな話をしたかというと、
今日ペピンの人たちと恋愛の話をしていたのです。マクドナルドで。
ちなみにペピンはたまに、一晩中ノンアルコールで恋愛話を繰り広げちゃったりする、
放課後の高校生みたいなとこがあります。
でも高校生と違うのは、かなりストイックにやっているところですね。
あえて自身に恥を課しているというようなね。
たとえば胸毛が濃くても、真っ白いピタッとしたTシャツを素肌に着るみたいな。
繁ってる胸毛は、透けてても剃るな!みたいな。
今更ルーズソックス履いてみるみたいな、ね。ああむしろ紺のハイソックスの方がいいかな。

話がそれましたが、
今日はひとりのペピン男子が恋の迷路にまよいこんでいたので、
皆で詰めていたところ、ペピン女子のひとりが、
「その(好きな)子と一緒に何を食べたいの?」と尋ねてました。
それはけっこう核心的な問いだと思いました。

ちなみに、次にその問いを振られた私は咄嗟に「プリン」と答えてしまい、
やっぱり好きな人の爪をキレイに保つ女になるには、まだまだ遠い道のりだと思ったのでした。

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夢二日記

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今日は竹久夢二の『夢二日記』から、自分の好きな一節をご紹介します。

二月八日
七日に死なざりしけれどうれしともおもはず、
生になれたるかなしさよ。
(『夢二日記』明治43年)

簡単に説明させていただくと、これより何ヶ月か前の日記に、
夢二は「二月七日に死ぬ気がする」と書いていたのです。
だけど死なないまま二月八日を迎えたときに、
嬉しくもなんともなかった、という話。

「激しい今日に慣れるために/毎朝起き出す」というフレーズを、
誰かの歌で聴いたことがあるけれど。
「激しい今日」に折り合いをつけようとする人と、
ああ今日も死ななかった、と「生になれたるかなしさ」を噛む人。
どっちが切実でしょうね。

どっちが切実かなあ。どっちが幸せかなあ。

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と、言われました。
「私、可愛げがないんです」とどうしようもないことを告白したら、
「そんなことないよ」と慰めた、同じ口から。
言下10秒に全否定。

「お前はダメだ」という言葉は、とてもシンプルで美しい。
目の前の霧がさぁっと晴れるような。
ずっと以前に「お前、バカだ」と言われたときもひどく感動して、
救われたような気分になったものですが。

こんな強くて全力な言葉が額に刻まれていたら、いいのに。
キン肉マンの「肉」の字みたいに。

ところでどうして、キン肉マンの額には「肉」って刻まれてるんでしょうか。
「俺、肉。」ってことですか?
それにしても何故おでこに。
見えるとこに書いておかないと「あれ?君、肉?」と尋ねられてしまうんでしょうか。
それともトラウマ的なもの?
幼少期に「こここ、この、肉!」と親に罵られでもしたんでしょうか。
独り眠る夜は、やっぱり額の文字が疼くのでしょうか。

ネガティブな「肉」なのかポジティブな「肉」なのか、気になるので、
どなたか知っていたら教えてください。

Wholesaler Galvanni 09/06
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遅く帰ってきて、そらまめだけを皿いっぱい食べました。
昔話によると、そらまめの皮の側面にある、黒い部分は、破れたから糸で縫い合わせたんですって。
笑いすぎて腹が破れたから、富山の薬売りが黒糸で縫ってやったんですって。
縫合手術ですね。
そういわれると、かさぶたみたいな。

せっかくふさがりかけた縫い目から、爪を挿しこんで、剥いて、
つるんと出てきた無防備な豆肉を食らいました。
30粒ほど。

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うちの犬(1歳)が初潮を迎えました。
この間まで暴れん坊だったのに、急にしおらしくなってしまって、ちょっと寂しいです。
娘が一緒にお風呂に入るのを嫌がったときのお父さんの気持ちってこんな感じかなと思ったりします。

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