愛のある場所

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恥ずかしいタイトルですみません。石神夏希です。

ぺピンがアトリエを持ちました。
まだ名前は決まっていませんが、はじめて自分たちの場所を持ちました。
大掃除をして、ピカピカとはいえないものの、落ち着いて珈琲が飲めるくらいの部屋にはなりました。
えい、この愛しい部屋になんて名前をつけてやろうか。このこの。

演劇や世間一般に「物好き」といわれる諸々のことをやってらっしゃる多くの方がそうだと思いますが、
自分たちの場所を持つことって、とても難しいです。ことに東京近辺では。
ヴァーチャルな「場」を持つことが普通になってきて、それでもなお
こういった場所を持つことがどんな意味を持つのか、
たぶんいろんな人が「意味あるよ〜!」って言ってるんですけど、
からだで確かめてみたいと思います。
今日、ひとつからだで覚えたのは、
掃除がこんなに楽しかったのは生まれて初めてかもしれないなあということ、でした。

そして今ふと思ったのは、
これって手帳や時計に似ているなあということでした。

昨年まで、腕時計はほとんどつけず(無意識にはずして、すぐ失くしちゃうから)
手帳は落書き程度にしか使っていなかったのですが、
今年から、どちらも毎日使っています。一日のなかでかなり頻繁に見ます。

時間は目では捉えられないから、
手帳や時計という形で表現されているのであって。
そこにあるのは「時間」そのものではないんですけど、
まあそういうことにして、時間を捉えた気になる。

場所も、最初から場所があるんではないのかなと。
ちょっと大げさだけれど、やっぱり「場」っていうのは先にあって、
それを捉えることが難しいから、物理的な、リアルな形で表現する。
地球上全部の場所がそうだとは言わないけど、
少なくともこの部屋はそうなんだろうな、と思いました。
そうであってほしいな、と。

だけど危ないのは、時計や手帳に管理されてしまって、
そこに時間があると思い込んでしまうこと。次に何をするのか、手帳や時計を見ないと分からない。
場所も、場所があるからそこに「場」があるって思ってしまわないように。
捉えきれない「場」を、捉えようとして伸ばす手が、「場所」をつくってる。
おしゃべりを続けて、つい何時までも一緒に居てしまう気持ちや、
会いたいって思って「またね」という言葉が、場所をつくってる。
家だって、家族が家をつくってる。だけど家がつくっている家族は、不意打ちされると崩れてしまう。
恋人もそうかもしれませんね。
約束だけじゃ駄目ですね。約束も大事ですけれどね。

何の話だか分からなくなってしまいましたが、
もう一杯、ここで珈琲飲んで行きたいなって思えるような部屋にはしたいな、と思いました。
今日は帰りたくないなって言えるような、そんな関係にはなりたいです。
こんな関係に、まだ名前はつけられないのだけれど。
えい、このこの。

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