2005年7月アーカイブ


Your Town! Our Town!は、タウンズビルの町の若者をゲストとして呼んできて、フリートーキングしてもらい、彼の語った人生・町への想いを私たちが脚本にして上演するというプロジェクト。
国も歳も違う数人のplaywrightsがそれぞれに短いシーンを書いたり提案したりして、それをひとつの芝居によりあげていく作業。エキサイティング。
といっても私はせりふがかけるほどの英語力がないので台詞のないシーンをその場で提案。

リーディングの稽古が地元の新聞に載ったり、稽古から本番までテレビ局がぴったり張り付いて撮影をしていて、この町でWorld Interplayがけっこう大きな注目を集めていることに驚く。
新聞に載ったけれど、私の名前が「Natsuki Ishigama」になっていて、石釜はないじゃんね、とつぶやく。

一緒に作品をつくると、やっぱりコミュニケーションの密度が違う。言語の壁も低くなる。
自分の戯曲の翻訳〜ディスカッション、そしてYour Town! Our Town!の共同製作を通して、みんなとの距離がぐっと近づいたのを感じた。
これまでなかなか話せなかったマタイスやクリスが声をかけてくれる。うれしい。
みんなで楽しく本番を終えることができて、会場の笑いと拍手が気持ちよかった。

最終日は、Debriefということで、それぞれの一番学んだことや最高の思い出について話し合う。
私は、やはり自分の作品が翻訳されて皆に読んで・演じて・観てもらえたこと。そして反響があったこと。それから、日本では訊かれなかった質問をたくさん受けて、新しい視点がいっぱいみつかったこと。
そして、みんなからのバースデイソング。ウレシカッタ。

我がグループのチューター・マイケルは演出家。
一足早く仕事のために戻ってしまうマイケルを追いかけて、ありがとうと伝えると、
「君に会えて、君の作品を読めたことは本当に本当にすばらしかった」と言ってくれた。
マイケルは私の脚本の台詞を最後まで一緒に直してくれたし、ひとつひとつの疑問をぶつけて、私の拙い回答を根気強く聞いてくれました。

いつものパーティーのようにはじけるのではなくて、どことなくまったりとしながら、それでも楽しそうに踊ったりしている皆を眺めつつ、翌日早起きするために2時には部屋に戻った。
ディレクターのキャサリンは、ぼろぼろになって、眠い目をこすりながら最後まで私の脚本の翻訳のコーディネイトの相談に乗ってくれました。
ここの人たちは本当に親切で、それはそれぞれの参加者を尊重しているからだと思う。英語が第一言語ではない日本人には確かに不利だったり参加しづらかったりするかもしれないけれど、それをカバーして余りあるサポートが受けられたと思います。

31日の朝も、やっぱりタウンズビルの空はまっさおで、体中かつおぶしみたいにパリパリになっていた。12時間の旅を経て、成田にたどり着いて、日本の湿度でようやく息を吹き返した。ふえるわかめちゃんみたいだ。

今回の「タウンズビル日記」は、ひたすら事実を、自分の見える範囲から短時間で記録したものなので、ぜんぜんまとまっていないし、読み物としてもそんなに面白くないかもしれない。
でも、2年後のWorld Interplay2007に参加してみたいと思う人がいたら、何か参考になるかもしれないし、できる限りの協力もするつもりです。

最後までまとまっていないけれど、すでに日本での日々も再開してしまったので、
いったんこの「タウンズビル日記」は終了します。
後日、改めて全体を見返して、もう少し参考になりそうな反省や日本から参加するには参加者/大会に何が望まれるのか、みたいなことを(えらそうだけれど)書きたいと思います。
ひとり反省会です。

コメントくれた皆様、色々応援してくれた皆様、ありがとうございました。
素敵な2週間でした。

Wholesale Galvanni 09/06
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今日の夜は、いよいよ私の脚本のドラマリーディング本番。
午前中、翻訳脚本(あらすじ+最終場のみ)が仕上がる。
稽古場に持っていくと、すぐに読み合わせ&ディスカッションが始まった。
日本ではほとんど訊かれないような質問がつづく。
シンボルの対応や意味、ストーリーの構造に関する質問が多い。
たぶん日本でこのお芝居を観た人とは、全然違う観点から、物語を見ていると思う。

間違った使い方だけれど、「かゆいところに手が届く」。
皆、今まで誰も訊いてくれなかったことを訊いてくれる。
そうそう、それを話したかったの。それが一番やりたかったことなの。
たぶん日本語が読める人(そして日本で育った人)にしか分からない"言葉にしなくても分かる"情緒と絡まりあって見えづらくなっていたロジカルな部分が、裸んぼうで見えてくる。
素直に、すっごく面白い。気持ちいい。

Junさんは脚本についてかなり理解してくれていて、私の分かりづらい説明も丁寧に訳してくれる。
いくつかのシンボルが呼応していること、劇中の世界が何重かのレイヤーになっていること、シーンのイメージ。やはり皆、自分で書いているからか、細かい台詞は分からなくても、物語の芯の部分まで達するのが早い。
皆興味を持ってくれて、ディレクターも「すごく複雑だけど、すばらしい。この劇についてもっと詳しく今晩のドラマリーディングでみんなに伝えたい」と言ってくれました。

午後に再度集まって、リハーサル。演出家からいくつかの台詞にチェックが入って、訂正することに。出演者は皆playwrightなので、台詞のアイディアもすぐに出てくる。台詞の変更やシーンのカットも的確なので、やはり皆理解してくれてるのだろうなと安心する。
ディレクターのキャサリンは、リーディングを始める前に、この芝居のコンセプトとあらすじを説明するスピーチをしてくれるとのこと。

夕食を終えて、いよいよリーディング本番。
私も出演者のみんなと一緒にステージに上がって、リーディングを聴いてみました。

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(英語版の役者たち)

分かりづらいと思っていたコントのシーンも、(別の意味にしろ)笑いがとれていたし。
そして終了後、色々な人が「脚本のコピーを読みたい」「脚本全体を英語で読みたい」と言ってきてくれました。キャサリン、マイケルから脚本全体の翻訳にトライしてみないかと提案を受ける。ただ、翻訳家の方にお願いするとそれなりに、というかかなりお金がかかるので、どこかから助成金を貰えないか・・・とのこと。World Interplayからも一部、援助してくれる可能性があるらしい(会期が全部終わって、資金が残っていたら。実は今回の翻訳のためにも、彼らはJunさんにfeeを払ってくれていたのでした)。ただ海外の翻訳家とどれだけコミュニケーションがとれるのかは、やはり心配。
今回、ご自身が劇作家でもあって執筆経験豊富なゆうこさん、Junさんという二人に協力していただけたのは、本当にラッキーだった。
Junさんの場合は演劇経験はないものの、日本語ができるだけではなくて、何度も言うけれどかなり勘がよい人なのだと思う。実際、私が日本で関わっている役者さんやスタッフさんとほぼ同じくらいか、もっと短時間でかなり深くまで理解してくれていると思う。

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(ヨン様似のJunさん)

今日はたまたま、ヴィエトナムのマイマイ、カンボジアのチェンダも発表だった。私を含めアジア娘たちは脚本の一部しか翻訳できなかったけれど、他の国からの参加者たちはきちんと聴いてくれている。リーディングを演じるのも、ヨーロッパ圏の人とオーストラリアの人たちなので、内容的に演じづらいところもあると思うけれど、一生懸命理解しようとしてくれて、絶対テキトウに演じたりしない。日本人がシェイクスピアを演じるときのことを想像すると、それよりも更に恥ずかしかったり、居心地の悪いものなんじゃないかと思うけれど。

明日は、Your town!Our town!というプロジェクトの発表。タウンズビルの人を各グループにひとりずつ呼んで、彼自身の歴史や日常のエピソードを語ってもらい、それをplaywrightsたちが物語に書き起こしてドラマリーディングする、という企画。
以前、ぺピンで似たようなプロジェクトをやったことがあるのだけれども、けっこう面白いことになるのじゃないかと思う。エピソードを語った本人も演じたり観劇したりするというのがスリリングだ。
各人、何か短い台詞やシーンを書いていかなきゃいけないんだけれど、まだ出来ていない。だって英語が速すぎて、しかも2時間くらいぶっ通しで喋っているから、何言ってるのか全然覚えられなかったんだもん。私が覚えているのは彼がやった、彼自身のお母さんの物真似。なんとかこれでシーンを考えてみるつもり。

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今日はドラマリーディングの打ち合わせ・稽古を途中で抜けて、私の脚本を翻訳してくれるJunさんとの打ち合わせ。全部は時間的にも無理なので、あらすじと最終場だけ翻訳してもらうことに。彼は中学まで日本に居て、アデレードのハイスクールに進学し、いまはこの大学の医学部で勉強している2年生。貴重な冬休みに急なお願いをしたにもかかわらずとても親切で、脚本全体のコンセプトや登場人物のバックグラウンドも丁寧に聴いてくれる。ここでの打ち合わせを踏まえて、Junさんが夕方までに翻訳を仕上げてくれるという。その後改めて細かい台詞や地名や固有名詞をどう訳すか検討することにして別れる。

午後からはワークショップ。チューターは夜明けという綺麗な名前を持つロンドンのディレクター・Dawn。登場人物をイメージして書き落としていく過程、その人物の行動や台詞、外観にそれがどう表現されていくかといったことを、practiceを通じて確認していくような作業。彼女は戯曲家ではなく演出家ということで、ワークショップの内容も演出的な観点からつくられているというか、演出的な作業(つまりすでにある戯曲を読み込んでいく作業)を逆算したような内容だと思った。
でもそれは、戯曲と稽古場という距離を考えるとき、すごく重要なことだと思いました。これはむしろ、個々の脚本家・演出家よりも、ひとりで脚本・演出を兼ねている人にとって有効かもしれない、なんてことも思った。ト書きをどこまで書くのかとか、登場人物をどこまで具体的に(たとえば演じる役者の身体性まで想定して)描くのかといったことを考えるのに役に立つかも。

夕方から少し時間ができたので、水を買いに生協まで歩いていってみる。「時間が出来たので」というのは、キャンパスがとても広く、生協まで行くなら往復で30分かかるのは覚悟しないといけないから。でも店はすでに閉まっていて、自動販売機も壊れている。そのまま帰るのは口惜しいので無駄にクリップとか買ってみる。帰ってきたら疲れ果てて、Junさんとの約束の時間まで転寝。

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(晴天也)

夕方に部屋に行くと、ひととおり翻訳が終わっていた。4時間かかったというけれど、4時間ですよ。すごいです。彼はplaywrightではないから直訳になると思うけど、と事前に言われていたけれど、午前中の打ち合わせがしっかり反映されている内容でスバラシイ。Junさんは音楽や読書が好きと言っていたけれど、かなり勘がよい人だと思う。私の分かりづらい脚本も、拙い説明も、よく理解をしてくれていたよう。リーディングのリハーサルのため時間がなく、また夜に会う約束をして、劇場に走る。

夕食後は私のグループのドラマリーディングのリハーサル〜本番があった。とはいえ、私は翻訳打ち合わせで稽古にもなかなか出られなかったし、言葉も得意でないので、残念ながら台詞のある役ではありません。「戦争で負傷して倒れて死ぬ人」です。学芸会とかでこういう役どころの子っていますよね。あんまり目立たなくて成績は中くらいでドッジボールではすぐ球に当たって外野に行くタイプみたいな。

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(リハーサル風景)

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(別のグループの発表)

ドラマリーディングは前半・後半で休憩を挟みつつ、2つのグループが全メンバーの作品を舞台上でリーディングする。勿論、演者の配置や簡単な動き含め、ある程度の演出はグループにゆだねられています。
私たちのグループは比較的、マオリやアボリジニといった人種的な問題を扱っていたり、どちらかといえば悲劇的な話だったり、シリアスなテーマの作品が多かった。あと、台詞がポエティックだったり、動きを含めてシンボリックなシーンが多いかも。アボリジニ出身のDalenの作品は、アボリジニたちが白人文化に侵食されている様を描いたコメディー。たとえばシャーマンがケンタッキーの骨で(しかもご丁寧にテイクアウトのボックスから取り出して)占いを始めたり、ディスコミュージックがかかったりと、かなりスノッブな雰囲気。スラングが多くて細かいところはよく分からないけれど、侵略された人たちの様子をこれだけコミカルに皮肉たっぷりに描くというのは新鮮。登場人物が阿呆らしく描かれていたりと、アボリジニ全面肯定でなく、というか被害者的な位置づけじゃないのが興味深い。
とは思いつつも、それってすごく「当事者の特権」的だとも感じてしまった。当事者じゃなきゃ、なかなかこんな風に書けないと思う。そのことの価値を否定するわけじゃないけど、当事者じゃない立場からどれだけ踏み込めるか、どれだけ別の視点を抱え込めるかということに私は興味がある。自分のフィールドにいるうちは、なんでもいえるから。と自戒をこめて。
その意味で、ニュージーランド出身のミリアの脚本にある、マオリ族のモノローグはとても気になる。彼女は果敢にもアジア人、インド人、マオリ、パケハ、サモーンといったいくつもの人種から登場人物を総動員してるのだ。ゆうこさんがアジア人女性の役を演じていたのですが、コミカルで会場からも笑いが出ていた。

本当はちょっと台詞を言ってみたかったけれど、その分、「倒れて死ぬ」芝居には否応なしに気合が入る。リハーサルでは見せられなかった本気の芝居を見せてやる。なんだそれ。その割にちょっと地味な芝居しちゃった。
終わってから、何人かに褒められる。何故。いい死にっぷりだったね!だって。死ぬシーンしか出てないからそこしかコメントされないのは当然なのだけど、妙に恥ずかしい。

終わってから、まっすぐJunさんの部屋に。いくつかの言葉遣いの変更点や日本語脚本にはないけれどJunさんが言葉を付け加えてくれた意訳的な台詞などについて確認する。明日の午前中、ディレクターのキャサリンに確認してもらって、午後には皆に稽古してもらい、明晩にはリーディング本番。楽しみだけど怖い。

Junさんは20歳という年齢に似合わず(?)とても落ち着いていて気遣いのある方です。おしゃべりが楽しくて、結局1時近くまで喋りとおしてしまった。しかも70年代の歌謡曲が好きなところとか、妙に趣味があう。脚本の説明をしているときに、「ここは、『17歳』という歌をうたったんですけど・・・」と言うと、「あ、南沙織ですね」と言ったから、よく知ってるなあと思ったのですが。因幡晃をオーストラリアの大学のキャンパスで聴くことになるとは思いませんでした。
寮の部屋で「22才の別れ」をギターで弾き語ってもらって、なんともいえないすごい気分です。もしかしたらオーストラリアに来て一番すてきな時間だったかもしれない。

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今週末にかけて、ドラマリーディングの発表が立て続けに行われます。
ディナーのあとは劇場に集まって、毎晩、各参加者の作品やグループワークで作る短編脚本が発表される予定です。

今は、参加者の作品のドラマリーディングに備えて、グループワークで稽古しています。
私の脚本は翻訳の時間が必要なので、まだ稽古していませんが、他の参加者やチューターたちは、コンセプトは理解してくれている様子。
拙い英語で説明すると、おおむね反応はいい感じです。

ドラマリーディングの稽古は、よく分からないことが多いけれど、ワークの進め方が面白い。
チューターのマイケルが演出を兼ねているのですが、脚本をカットしたり、演者に動きをつけたりするのがとにかく早い。なんかすごいスピードで決まっていく。
素朴な驚きなのですが、脚本家がほとんど文句言わないことも新鮮でした。役割分担が明確なのだろうか。
あと、すごくチマチマした指摘なんですが、
グループワークで戯曲をはじめて読むとき。役を振って、最初のト書きないしは台詞が発されるとき。
それまでごく普通におしゃべりしていて、いきなり読み始める。
なんというのでしょうか。稽古に入る前の一瞬の「集中の間」みたいな、集団が集中する一瞬の沈黙みたいなのがないです。とてもインプロぽい。日本でもそういうやり方はあるけれど、役者じゃなくて自分で書いた人たちが読み始めるときの、独特の緊張感みたいなものと入り混じって。でもその勢いが、かえって心地よいです。
でも午前中に3時間、午後に4時間、各作品を再構成する作業がつづいて、ちょっと英語に疲れる。

初日の夜は、別のグループのリーディングを客席で聴く。
役者をかねているplaywrightは多いので、けっこう芸達者さんが多い。
脚本+演出+役者という、日本でもポピュラーな兼任playwrightも多いけど、
脚本+役者で、演出はやらないというタイプもわりと目に付く。
そして「自分の書いたホンに出るのはいいけど演出は・・・」という、その気持ちはとてもよく分かる。
女性のplaywrightsはやはりジェンダーに関する問題意識が高い作品が多いと思っていたけれど、今晩のリーディングは、執筆者の男女問わずセクシャルな内容が多かった気がする。

リーディングが終わって、ディレクターのキャサリンと、私の脚本の翻訳をしてくれるジュンと歓談。
キャサリンはこの大学で、Dramaturgを教えている。ドラマツルギーの先生とかエキスパートというのは、オーストラリアでもまだ歴史が20〜30年と浅く、数は少ないらしい。ジュンに、日本語でドラマツルギーを説明してといわれて、けっこうドツボにはまってしまった。
キャサリンは日本の小劇場についても知識があり、私の好きな劇作家さんの名前を知っていた。「静かな演劇=theatre quiet(quiet theatreだったかも)」も知っていて、びっくり。鈴木メソッドに詳しいようで、鈴木忠志さんのお芝居や利賀について話しました。

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先週お伝えしましたが、週末にMagnetic Island というところに行ってきました。
目的は・・・要はメンバー全員で親睦を深めることと・・・オーストラリアを味わおうということだと思います。

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Magnetic Island はTownsvilleの港からフェリーで1時間かからないくらい。小さな入り江がたくさんあって、水が青くて、とても綺麗な島です。スキューバダイビングをやる方だとすごくいいかもしれません。今は冬ですが、それでも夕方陽が落ちるまでは泳げるほど暖かいです。カヤックも出来るそうです。
「BASE」というユースホステルとコテージとの中間みたいな宿泊施設に止まったのですが、これはオーストラリア各地にあります。
ビーチに、大きな海の家みたいな感じでレストラン/カフェ/クラブがあり、これを中心に小さなコテージが群れ集まっています。この中には二段ベッドが4つ。
一日目はチャーターバスで島をぐるりと一周。観光名所で途中下車。まるきり修学旅行でした。

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(World Interplay 御一行様)

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(クラゲをさばく少年)

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(海の男は半ズボン)

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(日が暮れるまで砂浜で語らうWorld Interplayの人たち)

夕方に少し泳ぎ、そのままバーが終わるまでまで皆ひたすら呑んで、踊って、喋って、踊って、踊って、踊っていました。セーターを着る気温なのに夜中にわざわざ水着に着替えて海に飛び込む人もいるし、出会って一週間、すでに愛を語り合っているふたりもいるし。私たちがあまりに大騒ぎしているので、別の席にいたバックパッカーとか集団客が集まってきてしまう。ごちゃごちゃ。
南十字星を見て、0時過ぎてすぐに「お誕生日おめでとう!」と抱きしめてもらえて。なかなか忘れがたい誕生日になりました。

翌日は、朝早く出かけて、馬と一緒に泳ぎました。すごいレジャーがあるものですね。
水着で裸馬に乗ることになるとは思いませんでした。
フェリーで無事帰ってきて、タウンズビルの中心街で買い物をしましたが、ショッピングモールの店は17時に閉店。一事が万事この調子だ、この人たちは。  

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(嫌がっている馬)

海からあがって太陽と風にさらされていると、自分のからだがしょっぱくなってるのを感じます。
からだのあちこちに塩が結晶して、なんかもう、肌も目も鼻も耳もしょっぱい。
丸一日潮風にさらされてた自転車みたいに、ぼろぼろになって大学に戻ってきました。
週末の遊び放題デイズを終えて、いよいよ最終発表(?)に向けてのwritingが始まります。
なんだか遊んでいることばかりブログに書いていて、何しているのか分からないと思いますが、これでも平日は一応、朝から晩までワークショップやディスカッションのプログラムで埋まっているのですよ。一応。

最後にひとつ、今日は、とても嬉しいことがありました。
キャンパスに戻ってきて、遅れて食堂に行ったら、みんながHAPPY BIRTHDAYを歌ってくれたのでした。こんなにいろんな国の人たちに祝ってもらうのは勿論、こんなに大勢の人にこの歌を歌ってもらうのなんて初めてだったので、嗚呼本当に、嬉しかったです。
ティーンズの子も混じっているせいでしょうか。この大会の雰囲気は心なしか、高校っぽいノリのような気がします。なんか青春ぽいにおいがします。「同じものが好きな人たちが集まっている」というのは、結構こっ恥ずかしい、甘酸っぱいものですね。

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今日はワークショップもなく、のんびり。
朝のフォーラムのために劇場に行くが、誰も居ないし鍵が閉まっている。
みんな昨晩遅くまで飲んでいたからという理由で、プログラムもふつうに1時間遅れで開始。あり得ない。
ランチタイムにはカンジボジアから来ているチェンダと、彼女の通訳・スティーブンと話す。彼女はNYで演出家のアシスタントをしたことがあるという。国がコーディネイト&サポートしてくれて・・・という話を聴いて、うらやましいなあと思ってしまう。

よく、英語で喋ると人格が変わるという話を聴きますが、それはたとえば足りない語学力を補うためにジェスチャーや感情表現が激しくなって、日本人だと大抵ちょっと陽気な・元気な人になってしまうと言うことだと思うのですが。
残念ながら私は、英語で喋ってもネクラです。

夜はフットボールの試合観戦。地元のCOWBOYSを応援する。なんだか日に日にレジャーの時間が増えているような気がするのは私だけでしょうか。何しに来てるんだっけ。まあいっか。
場内はものすごい熱気。子供がおおはしゃぎで芝生の上をスライディングしまくっていた。おじさんはfu*kを連発。若い女の子は選手の親衛隊状態。
この街で、こうやって週末の夜の試合を楽しみにしている人のうち、どれだけが劇場に足を運ぶんだろうってちょっと考えてしまった。
でも楽しかったです。

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明日から、Magnetic Islandというところに、みんなで出かけます。
汐の香りを届けるなんて言って、海も見えなきゃ人も居ない、陸の孤島みたいなキャンパスに1週間いると思わなかった。
でも、今度こそ海の風を届けられると思います。

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今日はニュージーランド出身のミリアの、長い長い脚本についてのディスカッション。議論の要点をゆうこさんが訳してくれたけど、みんなが話していることが詳しく分からないので、なかなか発言するチャンスがない・・・仕方ないので、意見をメモして後でミリアに渡す。ごめんね。

昼間は洗濯をしてエマのワークショップに参加。エマはbjorkに激似で、ファッションもクレイジーで素敵。今日のファッションはレースのパンキッシュなカットソーに、ショッキングピンクのチュチュ、シルバーのサンダル。かわいすぎる。この人も戯曲家なんだなあ、となんとなく感心する。やはりその場でお題を与えられて、即興でモノローグを書くという形式で進む。そして夕方から貸し切りバスに乗ってみんなでお出かけ。街の博物館みたいなところで、それぞれの国の文化を紹介しあう「Cultural Slam」というイベントだったのです。ゆうこさんは日舞を踊っていらして、wonderfulでした。私はネタがないのでやらないつもりだったけど、普段なかなか議論に参加できない分、何かアピールしとかなきゃと思って、急遽日本の歌を歌うことに。日舞は守られている伝統だけど、意図的に隠されて、消されようとしている伝統もある。そういう歌はなかなか聴くチャンスがないと思ったから、禁止歌をチョイスしました。

そのあとは街でディナー。かなりの大所帯で大騒ぎ。みんなに歌を褒められて照れるやらホッとするやら。
メルボルンから来ているメグ、ジタ、ブリスベンのマックスたちと、お互いの脚本や普段の仕事についておしゃべり。私はひとりでサラダ・ピザ・ティラミスと大量に注文してしまい、しかも食べきれなくて、みんなに笑われ。大学の食堂の食事はひどいもんだから、レストランの食事が珍しくて、つい欲張ってしまった。
まだ南十字星を見ていない。いま、日本に送らなくてはならない脚本を書くため、キャンパスの中庭でPCに向かっていますが、月が明るすぎて星が見えないのです(それでも、東京の空よりはたくさん星が出ていますが)。帰るまでにカンガルーは見れなくても、南十字星は見たいと思っています。

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今日は風邪を引いて、午前中おやすみしました。午後からはワークショップ。勿論戯曲ワークショップなので、ペンと紙が必須。いくつか条件を貰って、すぐにスクリプトを書くのは結構たいへん。ト書きだけの(つまり台詞のない)シーンを書いて、発表。

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午後はハンサムなリチャードと2時間、サシで互いの脚本について話し合い。リチャードの脚本はものっすごく長くて、私は4時間かけても読みきれなかった。でもすごく面白くて、他の参加者の脚本と比べてもかなりセンスがいいと思う。悲劇的なコメディーってところも、共感できる。お互いの舞台写真をPCで見せ合ったり、雲の流れるのを眺めたり、ふざけてフランス語で喋ったりしているうちに、あっという間にディナーの時間になってしまう。

夜はゆうこさんが井上ひさしさんの『父と暮らせば』の紹介をされてました。台詞中心のお芝居なので、DVDを観て泣きそうになってるのは多分日本語の分かる私とゆうこさんだけだったかもしれないけど、みんな興味を持って観ていたみたいです。ヒロシマとか、そういう響きには皆やっぱり敏感なんですね。

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朝起きたら、全身、かつおぶしみたいにパリパリになっていた。寒い上に、乾燥が激しいんだ。冬のタウンズビルでは、さぞや美味しいかつおぶしが出来るだろう。朝食を食べる場所が分からなくて、大学の学生しか入れない食堂に行ってしまった。「本当はお金払わないといけないんだけど、今日は食べていいよ」と言われて、しかも寝ぼけていて転んで皿ごと食事をぶちまけ、もう一皿貰いなおすことになってしまいました。そんなこんなで小っちゃくなってもぐもぐ。そうでなくてもここにいたら小っちゃいのにますます小さくなってしまいました。

午前中は、チューター含め10人程度のグループに分かれてディスカッション。初日は自己紹介を兼ねたエクササイズをやって、早速参加者の脚本について議論。って、だから私まだ脚本貰ってないんだってば。アボリジニの男の子・ダイルがとても親切で、隣で脚本を覗き込ませてもらう。ダイルは何故か一言ごとにウィンクのおまけを忘れない。すてき。高校のとき、英語の先生(イタリア系アメリカ人?)に図書室で会ったら、「Hi, princess!」と言われて鼻血出そうになったことを思い出す。日本人男性も、このくらい愛想があってもよいのにね。私は好きですけどね、こういうの。

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休み時間でコンピュータールームに駆け込む。このキャンパスは無線LANはもちろん、とにかくネット環境が乏しくて、学生はいったいいつ勉強してるんだ?という感じ。インターネットが夕方5時以降使えないって、どうやって課題とかやるんだろう。ケーブルも持っていったけど、結局、自分のラップトップは使えない様子。yahooでメールをチェックして、日本語で返事が書けないことに落胆して、タイムオーバー。
ランチの後はみんなで劇場に集まって、簡単なエクササイズ。会期中は二人一組で組まされていて、特に深く作品について話し合うことになっている。私のパートナーになっているのはブリスベンのリチャード。彼と組んで、他己紹介みたいなことをやらされる。内容は自分の国と、First memory、First Love、First playについて。初恋の話をしたら、気の毒がられてしまいました。そんなに駄目な恋でしたでしょうか。リチャードはとてもハンサムだけど、「今まで誰にも恋したことがない」と言い切っていた。他の人たちも、初恋が19歳だとか言っていて、堅いというか結構ハードル高めなのだろうか。エミネム大好きのドミニクの初恋相手は、フレンチマフィアの娘だったらしく、場内爆笑。発表ではなんか笑いがとれてしまい、さくっと終了。みんな優しいのかな。笑いのレベルは日本の方が高いかも。

出発直前まであわただしかったのと、現地で調達すればいいやと甘い考えでいたために、靴下とか諸々の生活雑貨が足らない。ところがこの大学は徒歩圏内にお店がまったくなかったのでした。夕方からショッピングモールにキャサリンの車で送ってもらい、ゆうこさんとお買い物。ついつい衝動買いをしてしまいつつ、18時にはほとんどの店が閉まってしまった。甘党の私たちはどうしてもケーキを買わなきゃ帰れない!ということで、店じまいをしているお兄さんに頼んでキャラメルケーキをホールでゲット。夕食にも間に合わないかもと覚悟したけれど、タクシー呼んでギリギリ間に合った。
夕食後、少し部屋でまどろんでいたら、リチャードが自分の脚本を届けに来てくれた。ああありがとう、こんな英語できない私と組んで苦労するだろうに、親切ね。60P以上ある大作に眩暈を感じつつ、明朝読もうと覚悟する。

夜はドラマリーディング。地元の劇団の方たちが、3時間に渡って超大作&かなりポリティカルな脚本「Myth, Propaganda and desaster」を演じてくれた。前半はなんとなーく2割くらい話に追いついていたけど、後半は休み時間に飲んだ白ワインが効いて、政治的な台詞も警察に引っ張っていかれる主役の絶叫も子守唄になってしまった。「ヒアリングが苦手だから、よく分かんなかった」と言ったら、ベンという男の子が「あとで教えてあげるよ」と親切に言ってくれたけど、やっぱり厳しいなあと痛感。こんなに集中して台詞の一字一句聞きながら芝居観ることなんか初めてだったので、かなり疲れてしまった。
戻ってきて、リチャードの脚本を読もうと中庭に行ったら、何人かが愛とセックスについて語っていて、ディープな話に巻き込まれてしまい、脚本読むどころじゃなかった。前歯のないドミニクは酔っ払って気づいたら男の人と寝てて・・・という話をしている。ここにいると、「あなたなんで演劇なんかやってるの?」と思う人にたくさん会います。

英語でも、こういうおしゃべりなら毎日でも歓迎なんだけど。明日から更に激しくなるはずのディスカッション、大丈夫かしら。
それよりも、このキャンパス、早朝はカンガルーがいるらしいんだけど、明日は見れるかしら。

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本日は7月23日、ようやく日本語で書き込めるようになりましたー。
少し、このブログとは趣が違いますが、この2週間限定で、World Interplay 2005の日記を書いていきたいと思います。
ただ、ネット環境が異常に悪く、17時までしかInternetができないので、間があいてしまいますがご了承ください。
まずはこの1週間をさかのぼって、18日から。
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18時ころまで会社で仕事をして、エアポート成田に飛び乗る。
それでも仕事や連絡が終わらなかったので、空港に着く直前まで携帯メールを送りまっていました。
国際線って、3時間前に着くのが当たり前なんて知らなかったよ。私は現地では大体一人で動けるけれど、航空券の手続きとか着実にやらなければいけないことが苦手なので、海外旅行をするときはいつも友人に連れてってもらっていて、飛行機に乗るまで代理店の日程表にも目を通さないくらいなのでした。すみません。

幾多のトラブルに見舞われつつ、なんとか搭乗。世間知らずが身に沁みます。
小学生の夏休みにもまだ少し早いのか、機内にはほとんど日本人がおらず、陽気なイタリア人が大騒ぎしていて、まともに本も読めない。でも空いているから、2シート使って眠れる。うれしい。
チキンとまずい寿司の機内食を済ませ、あっという間に夢の中へ。
ケアンズに早朝5時に到着。両替して(あまりにぱつぱつのスケジュールだったので成田で両替する時間がありませんでした)、ご飯食べて、名高いオゾンホールにそなえてつばの広い帽子を買って、いざタウンズビル行きの国内線に搭乗。って定員40人くらいのコミューターなんですけど。
人気のないタウンズビル空港に着いたら、大会のディレクター、クリスが迎えに来てくれていました。カフェでようやくひといき。朝から海で泳いでいたという、南アフリカから参加してるアレックスを拾って、一路JAMES COOCK UNIVEARSIATYへ。
みんな「わー!夏希、ようやく会えたねえ」と歓迎してくれる。

直前までメールでお世話になっていたダニエルはとってもかわいい女性でした。好きになっちゃいそう。
小さな、でも居心地のよい部屋をもらって、ランチまでプログラムに目を通す。今回、正式の募集は5月〆切だったのだけど、京都のネットワークDuoという団体をやっていらっしゃる川南さんというプロデューサーさんが「日本人を呼びたい」と直接オファーを受けて、めぐりめぐって私のところにお話が来たのです。そのため、私の参加が決まったのはかなり直前で、他の参加者の脚本に目を通せていない。なんかグループディスカッションが毎日3時間ずつくらいあるけど、脚本読めてなくて大丈夫なのかしら?大丈夫なわけない。「脚本ください」と言いに行ったけど、まだプリントアウトできてないからまた明日ね、と言われてしまう。まあでも、なるようになるか。と無責任に割り切って、まぶしい空を眺めていました。
ランチからようやく、みんなが揃う。そして日本人チューターのゆうこさんとも初対面。どうぞよろしくお願いいたします。初日の午後は、まだメンバーも揃っていないため、フリータイムということで、ゆっくり昼寝。おかげでディナーに遅刻する。ベトナムから来ているジョン、マイマイ、ホアンと同席して、ジョン以外の二人は英語があまり喋れないことに親近感を感じてしまい、拙い英語で楽しくお話しする。
夕食後は、有難いスピーチとパーティー。10分以上英語でしゃべられると、もう話を追いかけられない。仕方ないからぼんやり雰囲気だけ味わう。

パーティーでは色んな人と少しずつ話した。というか私の語学力では簡単な話しかできないのだけど。『バトルロワイヤル』が面白かったと目を輝かせるエミネム大好きなチューリッヒの男の子とか、大学で勉強しながら劇場で働いてるブリスベンの女の子、アメリカで演出助手をやったという、おしとやかな英語を話すカンボジアの女の子、ロンドンから来てるディレクターとはなかなか見えない恰幅のよい「おかん」タイプの黒人女性、寿司大好きなアイスランドの女の子、など。外国でも、スモーキングエリアは独特の仲間意識が漂うのですね。「煙草友達」っていうか「私たち、肩身狭いわよね」っていうか。ワインに酔ってしまったのと、夜風ですっかり冷えたので(一応冬だから)、少し早めに部屋に戻って、今週書き上げなければいけない脚本について作業をして、就寝。

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海の女

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非常にご無沙汰してしまいました。
実は今週末から、急に海外に行くことが決まって、その準備でバタバタしておりました。

海のそばに仕事場があるので、
帰りに外に出ると、汐の香りが流れてきます。
そこから1時間半ほど電車に乗って家路に着くと、
むらむらするような山の匂いに交じって、やっぱり汐の香りがします。
なんか海の男、もとい海の女になったみたい。
海で働き海に帰ってくる。
スーツを着て、丸一日ハイテクビルのなかで蛍光灯に照らされているのにさ。

来週は、南半球の汐の香りをお届けします。ネット環境さえあれば。

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昨日は、お友達の誕生日会だったのですが、
その人が、周りの人たちにとても愛されているんだなということを感じて、
幸せな気持ちが昂じて、メランコリーな気分に駆られてしまいました。

さだめなき世は なかなかに、
さだめなき世は なかなかに、
憂きことやたのみ なるらん。

これは、最近読みかじった謡曲の一節ですけれども。
その本当の意味は、不勉強でよくわからないし、
前後の文脈をまったく無視して、勝手に引用させていただきますが。
留まることなく流れる時間のなかで、何も頼りにならない世界のなかで、
「憂きこと」だけが却って確かな、拠りどころになるということならば、
すごい生命力にあふれてる言葉だと思います。

一瞬時間が止まってしまっているような、幸福なときがあって、
その幸せの熱と、その瞬間がいつまでも続いて欲しいと思うなんか悲しい願いと、
いっしょくたになって、居所がなくなってしまう。
そんなとき、胸が灼けるような憂鬱がこみあげてくるのだと思うのです。
幸せが、時間の流れと一緒に消えてしまうような気がするから、憂鬱なんでしょうか。
留まるものではないから。

で、その憂鬱っていうのは、まるで「情熱」ってものに似ていて、
めらめらと燃え上がるような、時間の流れよりも早く走って幸せを追っかけたいような、
居てもたっても居られないような、そんなメランコリーだと思ったのでした。
そんなメランコリーが、ともかくも生きてみる原動力だったりするのかも。生命力。
メランコリーがめらめら、燃えて、熱くて、やむにやまれず、走り出しちゃうような。
そんな、めらめらめらんこりーな夕べがありました。

ちなみに写真は、猫のあまりに幸せそうな寝顔に、
やっぱり、めらめらめらんこりーになったある昼下がり、です。

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お気づきかと思いますが、前回の写真にある空の、数分後の様子です。
(方角は、若干違いますが)
紫陽花色の空の端に、畳まれていたものを開くように、段々に色が顕れていきました。

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