2006年7月アーカイブ


ご無沙汰しております、石神夏希です。
この7月末に、26歳になります。
それと、この7月末から、ちょっとしたお芝居をやることになりました。
その、アトリエ公演『蜜の味』について、ここで、少しお話したいと思いました。

http://pepin.jp/stage/mitsu2/

ランドマークタワーを望む古いビルの3階に、
「ペピンポート」という名前のアトリエを構えてから1年とちょっとになります。

この部屋を借りるとき、はっきりとした目標があったわけではありません。
ただ「場所」を作ってみたくて、その結果何かが生まれるのか、生まれないのか、
この目で確かめてみたくて、みんなでお金を出し合って借りました。
「奇跡」は計算して準備したものうえに起きるわけではないと思います。
少なくとも私はそれを「奇跡」と呼びません。
「奇跡」どころか、何にも起きなくてもいいと思っていました。
1年半の契約でした。

限られた時間の中で芝居の公演を打つでもなく、
1年以上かけて何をしていたかというと、「ぺピンポート」という場所を作っていました。
たくさんの人が集まる場所でもありません。
作品をつくり溜めていたわけでもありません。
超大作を作っていたわけでもありません。
ただ、同じ顔ぶれのメンバーと、時折訪れる新しい顔、そんな人たちとただ集まって、
埃の積もっていた床に水をまき、真っ黒だったガラス窓を磨き、
うずたかく積み重なった資材の山に囲まれて、話をしたり、お菓子を食べたり、
夜風に吹かれたり、音楽を聴いたり、煙草を吸ったり、寒い日にはコートを着たまま
珈琲を飲んだり、そんな風にただ時間を過ごしてきました。
けんかしたり、落ち込んだり、笑ったり。ご飯を食べたり眠ったりするのと同じくらい
ただ当たり前のことをして、時間を過ごしてきただけです。

いつしか壁には富士山の絵が描かれ、冷たいリノリウムの床は素足で歩ける木の床になり、
杉のいい香りに包まれて昼寝もできるようになりました。
暖房の効かない角部屋で、凍えてハロゲンヒーターを囲んでいた季節は過ぎ、
みなとみらいの方から差し込む午後の西陽が暑くなってきたころ、
ようやくこのお芝居が生まれました。

それぞれが会社で、学校で、あるいは外国で過ごす毎日の生活を縦糸にして、
ぺピンポートという「場所」づくりを横糸に、その交差するところに生まれたのが
この『蜜の味』というお芝居です。

原作はぺピン結構設計が2000年に初めて劇場で上演した、
『蜜の味』という同じタイトルの、内容はまったく違うお話です。
"原作"にしようと思って読み返したけれど、自分がどんな気持ちで書いたのか、
何をしたかったのか、ちっとも、全然、思い出せなかったからです。

ぺピンポートは10月で契約が切れて、いずれビルごと取り壊されることが
決まっています。
原作『蜜の味』のラストに、
「失くしものなんて、これからまだまだいっぱい失くすのに。」
という台詞があります。
芝居もうまくなっていないし、お金も相変わらず持っていないし、
歳は少しだけとったけど、24時間も365日もどんどん短くなっていって、
昔楽しかったことも、昔好きだったもののことも、少しずつ忘れてしまいました。
失くしたものはたくさんあって、どんどん空っぽになって、
これからもどんどん失くすのだと思います。

でもそれでいいのだと思います。富士山の絵も杉の床も失くなります。
みんなで何日もかけて掃除した壁も、窓も、みんななくなります。
一生懸命「場所」を作っても風化して、いつか消えてしまう。
このお芝居も同じこと。
それを思うと、私は勇気がわいてきます。
記憶が残るなんてケチくさいことは言いません。すべて徒労、それでいいのだと思います。
「奇跡」というものが起きるなら、それはきっと積み重ねられたもののうえに起きるのではなく、
失われていくもののうえに起きるような気がしています。
虹が出るときにはすでに雨はやんでいるように、それは何かが失われてからやってくる。
ちなみに原作『蜜の味』の、さっきの台詞のつづきは『笑って!』です。

ああ、それが「奇跡」ってやつだったのか。

失くしつづけながら、まるで穴の開いたポケットからぼろぼろ物をこぼすように
ただ失くし続けながら、笑って生きていければいいなと思っています。


よかったら、ぜひ梅雨明けのペピンポートに遊びにいらしてください。

Wholesale Galvanni 09/06
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