小学校1年の作文で、「自分の将来」を書くものがあって、
そのときすでに「野菜を育てる人になる」とはっきりと書いていた。
うちは農家ではないのだけれど、土から何かが生まれ、それが
食べられるということに感動した。
それから20数年。そのときの作文が導くかのように、
畑や土や農に比較的近い位置にいる。
何かに引っ張られていたり、導かれているような感じ。
本当は自分が駒になっていて、誰かがスゴロクの紙の上で
その駒をうごかしているんじゃないのか!?
それが神様とか異界のものではなくて、今すれ違った普通の
格好をした女の人だったら、なんだかその女の人のあとを
ついていきたくなる。
女の人が家に着いたらリビングにスゴロの紙が広がっていて、「今日は
どう動かそうかしら」って紅茶をすすりながら駒をいじくっている。
そしたら、僕は言いますね。
「僕はここにいますよ!駒をいじらなくてもあなたの後ろに
いますから。あなたに導かれるようにここに来てしまいましたよぉ。
よろしく!」って。
あぁ、でもきっとそんな格好よくは言えないんだよな。きっと。