ブログ?

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手紙かー。僕は書き初めるにあたってブログのことを考えてた。

わりかし自由な職場で、毎朝あらかじめブラウザにブックマークされたブログたちをチェックする。RSSは使っていない。時代遅れかもしれないけれど、それはそれで一個一個ポストを開くような楽しみにもなっている。

大先輩なご高齢キュレーターのブログがある。日常のあれこれを五・六行、ささっと書かれているのだけど諸行無常。わりと毎日の出会いと別れについて語られる、たびに読んでるこちら側が一喜一憂してしまう。今日は泣けた、いや泣いた、今はもういない旧友のお話だった。

ふと我が身を重ねてしまう。周囲の皆々様の顔が僅かばかり頭をよぎり、もし誰かがそうなってしまったらなんて縁起でもないことを考えて身は捩れる、鼻が詰まる。僕は幸か不幸か、ここ20年そのようなシーンにあまり居合わせたことがない。慣れないせいもあるのか、はからずも極度の既視感を感じてイメージは風船のように膨らんだ。

話は変わるがこのブログというもの、読む一方でこうして書き始めてむず痒さを感じてる。
確かにお前はかんたんに複製も記録もしてしまう。携帯からでもほぼ見れるよ、誰にでも読めるよ。便利だよ。けれども、なんというか、その、軽躁に思えてならない。思い浮かばれる様々がカオティックに文字を通して形に残り並ぶ。事実はもちろん、文法や話法の間違いを孕んで散乱する。べつに論理的で響きよい「うつくしい日本語」を求めたいわけでもないが、言葉がインフレーションを起こしてしまうようでむず痒いのかもしれない。無数の言葉の中に、想いを埋めてくれるな、ブログたちよ。自戒もこめる。

書き手がいて、その先に相手がいる。感情を宿して、肉声になる。届く言葉は、そうしたリアリティを帯びた気持ちの表れが強いイメージを聞き手に喚起させる。そう思うとラブレターなんて、正に真剣勝負か。そんな勝負、したことあったかな。どうだったか。

うーん、ブログにむず痒さを感じ、言葉をすこし想ったら、愛やら恋やら考えるようになってしまった。少し気恥ずかしくなってきたのでそれはまたどこかでにする。

そういえば、昔のJRスキーキャンペーンでこんなコピーがあった。
「愛に雪、恋を白」やー、広告的ー。でもどこかいさぎよくて、好きだ。

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