夜明け前、しじま

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普段はあまり夢をみない。よっぽど深く寝てるのかもしれないが、最近は(加齢のせいか)若干浅くなりがち。久しぶりに長くまどろんだ。

はじまりは景色を俯瞰したような光景だった。海辺のような浜に僅かに小屋が点在し、浜から眺めた沖合いはナイアガラやイグアスといった大瀑布のような、ざっくりと切り立つ河口が弧を描いて剥き出す。曇り空で迎える夜明け前は、水墨画で書いたようなやや冷たい色合い。その水はどこから湧いてんだよ、がっつり異世界。

点在する小屋の中では、ご縁のある舞踊手がすっと立っていた。あれ、ここら辺はあまり時間軸がなくスライドショーのように浮かんでは消える時間。色は水色とクロの2色分版。そして、もうひとつは教室のような木造の部屋。学習机が並んでいるが、おそらく会話を交わしたであろう同級生ひとりとの画は至近距離だった。色は黄色とクロの2色分版、ペンキを粗く塗ったようなタッチ。場面と場面の節目はなかなか思い出せない。

ああ、書くたびに記憶が遠のいてしまう。朝6時半ふと起床する、これまでの水モチーフはやはりお手洗いだったかと納得。ここで夢は途切れるかー、と思いながらも二度寝チャレンジでは見事に夢物語再開、とても嬉しかった。でも先生と緑の芝程度のモチーフしか思い出せない。相変わらず色合いは褪せている、ややにじんだピンボケ。

この確かに触れたであろうまどろみ。細波のようによせては返し薄れていく眠りの際という感覚はとても心地よく、普遍的な快楽の解釈につながる気がする。毎日をすごす中での時間への意識、過ぎさっていくスピード。ゴムのように伸び縮みする時間の感覚はさまざまで、起伏に富むもしくは富まぬ毎日を如何にポジティブに楽しめるか。「観劇」も仮想体験装置として、そうした姿勢を促す一助になれればいい。多くのコンテンツが散在する時代、楽しむためには楽しむ姿勢づくりが問われる気がする。

ひさしぶりに夢が面白かったものだから、起床はもちろん、出勤も億劫になってしかたなかった。目を瞑り、外部からの干渉もない生理とイメージの世界で拡がる想像力はだいたい想定内で、とりわけ驚くこともなかったけれど、それなりにアイデアや気づきはあって満足。

石神に勧められて、以前から読もうと思いつつも忘れてしまっていた鷲田清一さんの『「待つ」ということ』のことを思い出した。今日の夢の感触とこの本に書いてあることがリンクするような、寝る前に読みたい一冊。

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