朝ぼらけ、とばり

user-pic
0

はじまりは、明るいながらも全体を覆う雲がまだ晴れきらない空模様。見下ろせば、ゆるやかに曲がった二車線道路に貨物をのせた中型トラックやハイエースが行き交っている。国道や県道にアクセスするための小さな産業道路に小さな小屋があった。

学生時代の殆どは駅からバス通学だった。パチンコ屋やコンビニ、昔ながらの個人商店が入り交じる地方の街中から、丘を切り崩した勾配のあるアップダウンを経て、徐々に林や団地群、大型スーパー、そして空が広がる。田舎とは言い切れない、小規模な農地や住宅地がマーブル状に混ざったニュータウン。その深部にキャンパスがあった。でも、よく授業はサボっていて、僕にとっての通学路は、登校時間でないバスが迂回するローカルや、行程の真ん中あたりでわざわざ途中下車して遅刻する獣道だった。キャベツ畑から富士山をみていた。

ちょうどカーブした道路の真ん中あたりにその小屋はあって、気がつけば鮨屋のような店内、5・6席程度のカウンター側に着席している。一つだけ席が空いているが、以外は縁のある若い演出家たちがいまかいまかと料理を待ち座っている。カウンター越しの料理人は、いままさに5・6口あるコンロで親子丼の玉子を一斉にとじんとする所だ。ふいに玉子のアップ、スローモーションで殻が割れ、白身越しに黄身がこぼれ落ちる、ズドン。

あっという間に彼らの目の前に親子丼は並び、お先に失礼します、と食べはじめる。まだ自分の丼はなく、「そうだよな、ここは(座っている演出家の一人)○○君の実家だもんな」と、納得した気になった途端、店の奥側らしい仄暗い洞窟のような空間に移っていることに気づく。かまぼこ型にしなるアーチ天井、コンクリートの地面にはうっすらと枯山水様式の砂紋が敷かれている。相変わらずカウンターのように一列に並ぶ演出家たちと自分は正座、親子丼は向き合うように目の前に並ぶが変わらず自分に丼椀はない。

僅かな空腹感、そして砂紋の上に正座して感じたのは罪悪感。その瞬間、指で砂をなぞり舐めた。おいしい岩塩だった。「なんだ、塩かよ」と、ため息まじりで予想を裏切られながら、一方で「なぜ自分には親子丼がこないのか」ということに怒りが込み上げたところでブラックアウト。

目覚めて時計をみればアラームもかからず寝坊、遅刻ムードにあわてて飛び起きて身支度。親子丼がでてこない怒りで目覚めたことがなぜだか妙に納得できた朝。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://blog.pepin.jp/mt/mt-tb.cgi/100