2009年5月アーカイブ


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今日は、ゲストを迎えての再設計会議でした。
実務的なことを中心として、議題を粛々とこなす一方で、
いつしか「議題以外のことを話す時間が足りない」という話になりました。

もともと、日々のあんなことやこんなこと、何時間でも喋りつづけられる相手同士なので、
ついつい議題から脱線しがちではあるのですが・・・
それでも、組織のルールづくり、運営の方針、企画の決め方、広報のアイディアなど、
話し合うこと、決めなきゃいけないことが随分あります。

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だけどやっぱり、面白いことを思いつく場にしないとね。
次回はフリートークの時間を増やすことで全会一致して、つづく。

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1980年生まれ

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最近、至極個人的な矮小な記事ばかり書いていたので、
今日はもう少し大きな話をしたいと思います。

ペピンの活動を語る上で、欠かせないと思って
いるのは「私たちの世代」観だと思っています。

ペピン結構設計の設立メンバーの多くは1980年生まれです。

1980年生まれの人間は、次のような時代をすごしてきました。
小学校を過ごした80年代。
青春時代と呼ばれる90年代。
社会人になっていった2000年代。

社会的にはどれも特徴的な時代で、1980年生まれは
それなりにドラマチックな時代を過ごしてきていると思います。

80年代:昭和が終わり平成が始まった幼少期
90年代:バブル崩壊を経て空白の10年がそのまま青春時代に
00年代:勝ち組/負け組を背景に社会人への離陸

1980年生まれは、日本社会の激動と共に成長していかなくては
ならなかった世代です。大袈裟に言うと、宿命を背負ってこの世に
生れ落ちてきた世代です。

ペピン結構設計はこれからも皆さんと共に表現活動をしていき
ますが、それぞれの時代性、世代観はとても大事にしたいところ
だと思っています。

石神 夏希 05/29
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悟空はじめドラゴンボールのキャラクターたちの顔が突然
全員のり平になってしまう「ごはんですよ」のCMにはびっくりです。
確かに、小学生の頃は夕ご飯を食べながらドラゴンボールを観るのが
いつもの水曜日でしたが。(水曜だったよね?)

今日はちょっと恥ずかしい思い出話を書きます。

会社員をしていて、東京で一人暮らしをしてたときの話です。
ある時期、かなり苦手なタイプのクライアント(おやじ)を担当していたときがありました。
前夜にプライベートで相当しんどいことがあって、会社へ行くだけでも精一杯だったある日、
例のクライアントからきつく当たられて、トイレの個室に入ったまま出られなくなりました。
トイレから母のケータイにメールして、そのまま会社を早退しました。

別に、来てくれ、と言ったわけでもなく、ただ、しんどい、と書いただけだったのですが、
母がすぐに東京まで来てくれました。といっても、実家は神奈川です。
マンションの最寄り駅で待ち合わせたあと、日本橋三越に母を連れて行ったけど、
売り場の華やかさと賑やかさに圧倒されてしまって。
ぐるっと一周して、早々に退散してしまいました。
そのあと母と一緒に行ったのが、秋葉原の家電量販店でした。

当時私の一人暮らしの部屋にはテレビがありませんでした。
仕事が忙しくて、どうせ深夜に帰ってすぐ寝ちゃうし。
ひとりでテレビを観てる女の図って寂しすぎると思ったし。
実家に居たときでも、会社から帰ってきてテレビを観る体力なんてありませんでした。
「テレビが要らない人」みたいなのに憧れていた、というのもあります。
なんか高尚な感じがするでしょ。

母はその場で私に、お店で一番小さい液晶テレビを買ってくれました。
親に何か買ってもらうのなんて久しぶりだから気恥ずかしかったです。
「テレビも無いなんて寂しすぎる」というのが、母の言い分でした。

私の部屋で、母とふたりで、買ってきたばかりのテレビで、
なんかどうでもいいバラエティー番組を観ました。
テレビ台とかないから、テレビが入っていたダンボール箱の上に載せて観ました。
結局、引っ越すまでそのままになってしまいました。

その晩、母は私の部屋に泊まっていきましたが、
結局、何が辛かったのかも、何に悩んでいるかも、話せませんでした。
私のベッドにふたりで並んで座って、柿の種をつまみながら、テレビを観ました。

実家に戻ってきて、母が一日のうちのいかに長い時間を、
テレビの前でひとりで過ごしているかを知りました。
もちろん、私たちが子どもの頃は違いました。毎晩一緒にテレビを観ていました。
加トちゃんケンちゃんも、クイズダービーも、ドラゴンボールも。
でも、私たち子どもが社会人になってからは、母はほとんど一日中、ひとりでテレビを観ていました。
今はできるだけ、母がテレビを観ているときは、母の隣にいたいと思っています。
母の隣で、テレビじゃなくて、ノートパソコンの画面に向かっていることの方が多いけど。

私は相当マザコンです。一生、マザコンを卒業するつもりもないですが。


ところで、桃屋のサイトが可愛かったので、よろしければぜひ。
心和みます。

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仕事に対する熱意が最近、とても下がっています。
これが、いわゆる燃えつき症候群というやつでしょうか。

この仕事を給料をもらうような形で始めてから4年が経ちます。
現在の自分は完全にガス欠状態です。

ですが、このガス欠状態でも粘ってしがみついて、何かを不恰好に
生み出そうと思っています。

U2だって、GREEN DAYだって創作活動に絶望したことがあると
言います。X JapanのYoshikiは、いつもそんな状態だと聞きます。
それでも彼らは何かを生み出してきました。伝説はいつだって、
そういうところから生まれてくるはずなのです。

「伝説」が似合う人になりたいです。
やるべきことを粛々とやる。絶対にあきらめない。

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筆ペンで雲の輪郭を淡く強く書いたような曇天模様、海近くに隣接する国道沿いのドライブスルー。一階建てガラスばりの中堅ファーストフードで、仲間達・顔見知り、であろう人たち総勢20名ぐらいで何か甘いものを食べながら誰かを待っていた。

携帯メールが一通。チョコシチューを持っていくからちょこっとと待っててよ、という意なんだけれども文面は全て感じで構成されている。このあたりから目に映る情報と内容に若干の距離が生まれていた。別シーン、チョコシチューなるもののアップから引きの画、携帯メールの差出人は久しく会わずに最近再開した同級生の仕事場から。部下らしき白衣姿から、よく出来ましたね、なんてたわいもない労いのやりとりが交わされている。ディティールをまじまじと眺めればチョコシチュー、板チョコやカールチョコ、チョコスプレーでできた細工菓子・お菓子の家だった。

書き割りのような場面転換で、地下鉄の連絡通路、先ほどのドライブスルーから帰路を辿っている。ふと、見覚えのある誰かとすれ違い、そのまま改札に入場せず素通り。長い地下道をそのまま直進するが、向かって右に位置していた同じ改札が一周しながらも同じ位置ではなく逆側、向かって左に見えた。あれ、ぐるっと一周したんじゃなかったっけ、俺ぐるぐる。

そのまま、やっとこさくぐった改札には赤い輪っかのマーク。丸の内線か。通過した瞬間に、自分の家。一人暮らしをしている設定、何階建てかの最上階。ドアを開けると玄関/風除室から正面と右手の二面にドアがひとつづつあり、右側のドアを開けた。

長い廊下の奥の奥まで、右手は全面窓となり、採光は十分、最上階らしく広々としたベランダと一体となっていて曇天でも気持ちがいい。廊下の奥には、畳一畳を縦半分に割った程度の狭い2枚折りドアがある。あ、そうかこれは浴室なんだな、というのがフレームに囲われた半透過する樹脂パネルから伺えた。開けるとユニットバスながらもしっかりとした浴槽と洗い場。しかも全自動でお湯は勝手にはってあった。

じゃあ、着替えをとって早速入ろうかと思った途端、振り返って左の景色。先ほどの入り口から廊下を向かって右一面広がっていたベランダ部分が水族館の水槽のようなっていることに気づく。深くて濃い水色。深さ1m超、窓半分位までの水位をもってプール。けれども全然驚きはしない。遠くに、つまりは風呂場から先ほどの出発点/玄関口より物音が聞こえてきた。

ガサゴソとかいうのではなく、ジャバジャバとカシャカシャ。廊下を進みながら玄関に向かうと、男女一組が水に浮かび絶妙なバランスをとってグラビア撮影をしている。人ん家で一体何やってんだよ。と思うも口には出せず、若干の羨望。そこは思うだけでのコミュニケーション。ごめんなさい、なんてテレパスが相手から帰って来たところで、僕もふらふらとバランスを崩してきた。ふらり着衣のまま、廊下から窓をするっとすり抜けたらベランダプールにドボンだ。

あっ!携帯がポケットの中にはいったままだよ。なんて思ってとびあがり即脱出、あわてて浴室へもどりつつ携帯を確認すると水に濡れたもののメール着信ランプが点灯。なんだよかったー、なんて思ったところで目の前には知人が浴室のドアのサッシに腰をかけている。足を組みながら「終電を逃がしたので、今日はどうしても泊めてほしい」と言うが、いやそんな急に言われても困ったもんだな、と携帯をいじりながら新着メールに何が書かれていたのかは謎のままで覚醒した6時58分。

カーテンの隙間から零れる日射しが暑い。今日の天気は快晴。
ちなみに、地下鉄ですれ違ったのはきっと草彅くんだったと思う。
前日の夜はテレビでぷっすまが流れていた。流れるマスメディア。

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ちょっと最近、話題のニュースと絡めて。

先週の日曜日から発熱してしまいました。
いま流行のインフルエンザか!?と危惧しましたが、
検査結果を見て陰性だったので一安心。

それにしても、病院に行くまでが結構面倒でした。
病院に電話すると保健所に連絡とって、と言われるし、
保健所に連絡すると病院に連絡せよ、と言われる始末。
頭痛がひどくて、もうどうでもいいから誰か診てくれ、
と思ってしまいました。

うかうか風邪もひけないな、と思いました。
この時期に風邪を引いた自分の間の悪さにも反省。

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ずいぶん日があいてしまいました。ごめんなさい。

最近、体の痛みということに興味がある。
病気とか怪我とかだけでなく、たとえば悲しいときに喉が詰まるとか、
仕事の電話をするときにちょっとみぞおちが重い感じがするとか、
ちょっとした悩みについて考えるときに呼吸が少し速くなるとか。
だから、正しく言えば「痛み」に限らず、体の不快感ということになるかもしれない。

そういう感じを得たときに、その感覚をよくよくみつめてみる、ということをしている。
どんな形をしていて、どんな色か、どんな質感か、どんな重さか。描写してみる。
その感覚が、私に何を伝えようとしているのか尋ねてみる。
そうすると、だんだんその「痛み」自体が変化し始める。
形が変わったり、色が変わったり。体の別のところへ移動していったり。
描写しているだけで、分解して消えてしまうこともある。
痛みに「集中する」こととは、またちょっと違って、
受け止めてから、最終的に手放すまで、付き合うことが大事みたい。

これまでお芝居をやってきて、稽古場で「体の声を聴く」なんて口にしていたけれど、
実は自分があんまりよく聴けていなかったなと反省している。
体の声を無視して、病気になったこともあるし。昔は無理しすぎてしょっちゅう倒れてたし。
私がこれまで「体の声を聴く」と言っていたときにやろうとしていたことは、
「コントロールしようとする」ことだったのかもしれない。
呼吸や感覚をコントロールするために、協定を結ぼうよみたいな感じで近づいていって、
その実は黒船ばりに不平等条約だったかもしれない。

女の子の体は、長い周期だけでなく短い周期でも変化が多いから、おもしろいよー。

。。 05/14
石神 夏希 05/26
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『シンデレラ』公演が終了して、ひさしぶりの再設計会議を開きました。

品川デニーズの90分退店ルールを巧みにかわすオーダー戦術で、4時間の議論を敢行。
主に、再設計の「仕上げ」についてと、
ペピン結構設計として行う次回公演について話し合いました。

もうそろそろ、再設計完了です!

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生みの苦しみのあとで、ひらめいた瞬間


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白熱した議論

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縦笛の夢

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昨日見た夢の中で、私は縦笛だった。
全身じゃなくて、上半身が縦笛みたいに、穴が開いてて、
指で穴をふさいでどっかを(どこかは謎)吹くと、音が鳴るのです。

私はステージの上で、自分自身の笛を吹かなきゃいけないんだけど、
同時に、踊りも踊らなきゃいけないということになっている。
でも、踊るとお腹のとこにある笛の穴がうまくふさげない。腰がよじれてしまうから。
だから踊りながら笛を吹くと、どうしても「ソ」の音が滑らかに出ないのです。
1テンポ遅れたり、ファとソがつながっちゃったりするのです。

そのせいで、一緒に踊る仲間たちにダメ出しされつづける、という夢でした。
一生懸命、何度も練習していました。


今日、私の友達が60歳のおじさんになったかのような人に出会った。
その子が、60歳になったらこんな感じだろうな、という人。
これは夢じゃないよ。

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