手相を観てもらうの巻

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今日、道端で「1分だけ手相を見せてください」と声を掛けられた。
相手がいやな感じの人でなかったので、話を聞いてみることにした。
結局、1時間近く立ち話をすることになった。

私は油断しているのか、道端で割とよく声を掛けられる。
外国の街中で、深夜に不思議な(怪しい?)女性に「あなたの魂が泣き叫んでいる」と呼び止められて、
スピリチュアルなカウンセリングを受けるよう何時間も説得されたことさえある。
偶然にも、泣き喚きたいくらい辛い悩みを抱えていたときだったので、正直心が揺れた。
(クラーイ顔してた日本人が、目をつけられただけという可能性も高いけど)
最終的に、わずかだけど、お金がかかることだったし、
「あなたを陥れようとしている人がいる」とか、不安をあおる話し方がいやだったので、丁重に断った。

で、今回の手相を見せてくださいという若い女性も、
最終的には10万円かかる自己啓発サークルを勧められたんだけど。
それって、入会時の10万円以外に、お金をとらないらしいんだけど。
1000円で姓名判断をしてくれると誘われたんだけど、
特に心が動かなかったので、ついていかなかった。

あれ? 危ないですか? 私、騙されやすそうですか?
カモネギってやつですか? これって時間の無駄ですか?
そう、周りの人は「騙されやすそうだから気をつけろ」と私に警告する。
特に私の母は、「宗教」と聞くだけで耳をふさぐような人だったから、
子供のころ、戸別訪問してきた新興宗教団体の人と、インターホンで何十分も長話したり、
資料(しおり、とか)を受け取ったりしても、母には内緒にしていた。
聖書を読むのさえ、こそこそしなきゃいけなかった。

駄目と云われると、というやつか、私は信じる対象を持っている人たちへの興味が強い方だと思う。
彼らの話を聞きたいと思っているので、声を掛けられると立ち止まってしまう。

もちろん無理やり誘われたり、連絡先を聞き出そうとされたりしたら、すぐに立ち去るけど。
彼らが何をしようとしているのか、何を見ているのか知りたい。
万が一、共感できれば、ついていったっていいと思っているのだ。
だけど共に歩いていきたいと思えるようなものには、出会えたことがない。
自分の体に、肌にしっくり来るようなものは、そういう勧誘の中には無かった。
たぶん、勧誘という行為自体が違うよね。
信じられるもの・信じたいものは、本人が必要なときに自然と出会うものだと私は思っている。
私はすでに、自分が信じるものを持っているので(宗教というジャンルじゃないけど)、
別に彼らの話を聞く必要はないかもしれない。
でも、違和感や嫌悪感を感じなければ、まあ、いっとき付き合ってみてもいいじゃぁないか。キミ。
自分の知らないものを信じている人、というだけでなんか魅惑的だ。
それに、自分の考えを試したり、鍛えたりする機会にもなる。
いずれにせよ、私の人生に何かをもたらそうと訪れてくれたゲストなのだ。(たぶんね)

今日、手相を観てくれた人は、とてもよい人たちだった。一生懸命だった。笑顔がよかった。
多分、大学生くらいの女の子と、保育士をやっているという私と同じ年頃の女性。
私と信じてるものも似ていたし、共感できるところも沢山あったから、話してて楽しかった。
何も信じるものがない人よりも、何かをひたむきに信じている人の方が、私にとっては魅力的だ。
たとえ私が彼らと足並みを揃えて歩むことがないとしても、
誰かが、己の信じるものについて一生懸命語ってくれる時間は、貴重なものだと思うのです。
だから私は道端で手相を観てもらう。

「信じる」と「騙される」って、ある程度、おんなじことだよね。

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コメント(2)

ぼくは いつか すずめと話しができるだろうって信じています。

毎朝 チュンチュンしているすずめが とても気になります。

ぼくとすずめとの距離はとてもいい距離だとも思っています。
一度も話したことはないですけれども。
すずめとうまく よりそって いければいいです。

よりそうことしか できないでしょうからね。 
熱烈に愛し合っている恋人どうしでも。 そうなのかもしれません。


友達とビールでも飲みに行こうかと。 つまみは焼き鳥でね。
かってなものです。

あああー。と、もだえています。
よりそうことしかできない。本当にそうですね。
言葉の通じない相手と、それでも一緒に生きていることが、
「愛している」みたいなことに近いのかなって思ったりします。

すずめの丸焼き、美味しいですよね…もうシーズンオフかな。

。。さん、お読みになったことあるかもしれないのですが、
長新太さんの『つきよのキャベツくん』という絵本、お好きかもしれないです。
食べたり、食べられたりしながら一緒に暮らしている(?)お話です。


いつも、胸を衝く、すてきなコメントありがとうございます。
梅雨の合間の青空のようです。