ジョナサンの占い/GPS

user-pic
0

すごく女子っぽい話題なんだけど、占いが好きです。
学生のときは、コンビニで雑誌末尾の占いページだけチェックしてたけど
今はもっぱらネットの占いをよく見てます。

毎週チェックするのはジョナサン
http://www.cainer.com/japan/

この占いを見るようになったのはつい数ヶ月前なんだけど、
占いの前半がほとんど世の中の因果律みたいなことを語ってて
なんか預言者みたいで、結論もはっきりしない。
でも、この煙に巻かれたような読後感が好き。
「人生の答えはそんなに簡単にみつかりません」風にすましてるくせに、
それでいて、全人類を12種類の星座に分けるというざっくりさに
甘んじているところも、なんとなく好き。

それに、あくまで
「星図にはこんな兆候が現れているみたいね。」みたいな寸止め感がいい。
病気にたとえると、症状は教えてくれるんだけど、病名は断定しない医者みたいな。

占いを、「信じる」「信じない」という基準はけっこう難しい。
たとえば、私は寺社のおみくじは基本的に信じるけれど、
大吉を引くときは9割がた、事前に「大吉になる」と分かっている。
嬉しいけど、おみくじを引く意味は、じゃあ何なんだ、ということになる。

とはいえ、占いを「気休め」みたいなものとするのはちょっと違う気がする。
そこにはいくらかの真理が含まれていると信じている。
要するに、「占いは当たる」と思う。
というか、正確には「当たっている」と言ったほうがいい。
占いは当たっている。たった今。

つまり、占いは「未来の話をしていない」ということだ。
あくまで現在進行形だと考えると、占いの価値が変わってくる。
たとえば自分の現在地を、地上を離れてGPSで捉えるようなものだと考える。
自分の目線からは確認できないけれど、1km離れたところに川が横切っているとか、
そもそも今自分がいるのは小高い丘の上だったとか。
つまりこれからゆっくり坂を下って、川にぶつかって進路を阻まれるとか。
1km離れた川にぶつかるのは、未来の話かもしれないけど、
それが「行く先にある」という事実はあくまで現在の話だ。

かといって、次の交差点で右折して、川を避けられる・・・という話でもない気がする。
たとえ右折しても、さらに先で川の下流にぶつかって、いたずらに川幅を広げただけかもしれない。
「自分の行動で未来は変えられる」というのは、ある程度事実だろうけれど、
もうすでに川を避けられないことも多いと思う。
それでも、川があることを知ることは意味があるかもしれない。
もし占いに意味があるとしたら、避けられない川の存在を知る意味だ。
それは多分、私は何者か、という問いへの応えだ。

というのが私の考えです。
私は、対面のタロット占いを受けたこともあるけど、結局そのときは
「この人との未来はナイ」と言われた人を選んでしまったしね。うん。
せっかくアドバイスしてもらったのに。

占いは未来のものじゃなくて、現在進行形だと考えたら、
「非科学的」なんてこと、言えなくなってくるじゃん。


でも、ananとか、普通の女性誌の占いみたいに、
「ラッキープレイスは車の中」とか根拠無く断定されるのも好き。
なんか・・・ドキドキするから。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://blog.pepin.jp/mt/mt-tb.cgi/162