悲しいときの表現について考えてみた。
私自身の経験から言うと、
悲しいときの感覚は、こんな感じだ。
「泣きながら吐きたい」
「体の内臓が全部裏返されている感じがする」
「げっぷが止まらない」
自分の感情に、ある程度責任がとれるようになってきても、
こういう体の感覚は、子供の頃から何にも変わらない。
私にとって悲しい、というときの体感は、「吐き気を催している」状態に近い。
「悲しみ」は、誤って飲み込んでしまった異物みたいなものなのかもしれない。
よく、「笑う」という行為のルーツについて、似たような説明を聞くけれど。
悲しいときに笑うのも、似たようなことかもしれない。
3つ目の「げっぷが止まらない」って何だよ、って思われるかもしれないけど、
悲しいときに、石を呑みこんでしまったように喉がふさがる、ってことあるでしょ。
何かが喉までせりあがってきて、どんなにげっぷをしても、すっきりしない感じ。
だけどみんなが悲しいげっぷをしつづけたら、
いつかそれがオゾン層に穴を開けてしまう。
嗚呼、世界中の悲しいげっぷよ、止まれ。
他の人は、悲しいときにどんな感じがするんだろう。
皆さま、教えてください。
悲しいげっぷ
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何か深いものを背負っているときの表現って、死 見たいなものをしょっている気がしません?? カタツムリの殻がガイコツマークでね。。
だって人間に 表現(これをもって何をいおうとしているのかよくわからないけど)がなかったら 死んでしまうんじゃないんですかね。 わからないけど。
ぼくね 笑いって 人間にとって、とっても上質な高級なかんじがします。
その裏に 暴力 みたいなものがあるときね ふわっと発散させるような表現だと。
死んじまうなって思ったときがあって(ぼくは小心者なのです) そのときね 鼻血が止まりませんでした。 でもそのときみた夕日はとてもきれいでした。
今まで見た夕日ベストワンです。 だからそのとき 鼻血だしながら夕日見ててきれいだなって思ったのでしょうね。 胸をかきむしるほどの、あのとき僕の中に夕日はどっぷりと流れ込んでいたはずです。 でも鼻血ね。。
悲しみの表現をかんがえていたのですけど、鼻血まで脱線しました。
鼻血は、そこはかとなく滑稽なところが、深く悲しいですね。
悲しい夕日色の鼻血。。
今日とても悲しいことが会って、なっちゃんに電話したかったくらい悲しかったのですが、
この文章を読んで一人で悲しみました。ありがとう。
私の悲しいことは、波のようです。何かひとつの衝撃が私を打ち砕くのではなくて、塩酸のような私を溶かして消耗させる波が私の体の上を何度も往復しては消えていきます。
いつの間にか私の体はすっかり塩酸まみれになっていて、涙がとまりません。そんなかんじです。
塩酸まみれのとき電話してきていいよ。
skypeでもチャットでもメールでも。
会えれば一番いいんだけど。
まだ随分長いこと、そっちにいるのかしら?