ごめんねダーリン

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最近、大口論の末、本気で人に謝った。
もう、謝るほかない状況、というか、
100%、私が悪いです。と思った。
本気で、許してください。と思った。
そして、謝った。

少なくとも、私「は」悪いです。と思ったんだ。
それで、考えたのが、自分の責任ということだ。
これは、そういうこと言っている本を読んだ影響もあるんだけど、
自分が体験することは、すべて自分に責任がある、
という考え方が、最近気に入っている。

それはつまり、おしゃれをして出かけたデートで雨が降るとか、
電車が事故で遅刻するとか、神経質な隣人に訴えられるとか、
もちろん誰かを傷つけてしまったとか、
そして自分が傷つけられた、ということについても、
すべて自分に責任がある、自分の中に原因がある、という考え方だ。

あるとき、昔付き合っていた人のことが、本当に許せない!と思ったことがあった。
そのとき、付き合っていた当時から、すでに10年近くが経っていたんだけど、
10年経って初めて、自分がひどい目に遭っていたという事実に気がついたからだ。
そして自分が、そのときと同じ状況を無意識に再現し続けていることにも。
つまり、何度も同じように傷を負うことを繰り返していたのだ。
私は、それが「愛」だと信じてしまっていた。

何も分からなかった私の心にこんなに傷をつけて、その後の恋愛遍歴にも傷をつけて、
どうしてくれよう、こん畜生!怒鳴り込んでやる。と思ったけど、


今ではそれも、自分の責任だったと思えるようになりました。
ただ問題は、責任がとれるかどうかで、それはなかなか大変。
でも、自分の負った傷を癒すのも、結局は自分の責任なのだ。と思う。
だって、傷を負ったのは、私の勝手だから。カラスの勝手だから。カアカア。

私がこの考え方が好きなのは、「善」だからではなくて、
こっちの方が少し、希望が持てるからだ。
この世で起きるすべてのことの原因が、自分の中にあるのなら、
自分で解決できる可能性が残されているから。
「自分でこの世界を変えられる可能性がちょっぴり残されている」ということだから。
勇気が湧いてくるから。

大口論の末、私はすごく傷ついて、
もうしばらく立ち直れないくらいになったけど、
それも私の責任なんだ。
だからやっぱり謝る。
ごめんね私。
許してね。

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コメント(2)

自分が感じる考え付くすべてのことから(とってもおぞましいことも含めて)逃げてしまうことなんてできないのでしょうね。

まっくら闇の中にぷかりと浮かぶ地球をみると 少しはらが据わります。
閉じられた空間の中で生きてるんだものね。

あんなの見ちゃったら ぼくら 何をも捨てられないなって笑ってしまいます。 空き缶蹴っぽったって 自分のあたまの後ろにぽかりと。
マンガみたいだけど。 

だって地球は丸いものね。

本当に 捨てる ことができなかったものたちで 地球はごった返しだわね。

あ? 女の子に やさしくしとけばよかったな。  

あはははは。
ごめんなさい。でも、笑ってしまいました。「女の子にやさしく…」ってところ。なんだか私が慰められてしまった。
そういう風に思っている男の人、すてきです。
ちょっと心が涙もろくなっちゃいました。

私、本当に、やさしい人になりたいです。
どうしたら、もう誰かを傷つけたり、傷ついたりしないで生きていけるんだろう。
果てしなく、やさしくなりたいんです。