あっしには関わりがねえこって/『木枯らし紋次郎』

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ものすごく久しぶりに、時代劇について書きます。
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今日、「中村敦夫が自らを語る」みたいな番組をたまたまやっており、
大好きな主題歌を久しぶりに聞いて、胸が燃えてしまったからです。

どこかで だれかが
きっと待っていてくれる

(『だれかが風の中で』>>>YouTube

私はもう、紋次郎が好きなのか、中村敦夫が好きなのか分からないのですが、
『木枯らし紋次郎』を見て中村敦夫を好きになったのは確かです。
何が好きって、中村敦夫の汚い殺陣(斬り合いのシーン)が好き。
「汚い」なんて言ったら、叱られるかもしれませんが。

王道的な時代劇では、殺陣シーンでは、圧倒的に主役が強くて、
一分の隙もなくバッサバッサと斬り捨てながら、息も切れてない。
最後に鞘に「チャキン」刀を納めて、髪も着物も美しいまま。
まあ、多少リアルにやってるものもあるでしょうが、五十歩百歩だと思います。

中村敦夫は(紋次郎に限らず)殺陣のとき、全然きれいじゃないのです(と私は感じます)。
紋次郎なんか、斬られそうになって、ピンチで、腰とかガタガタに崩れながら逃げたりする。
市川崑監督の演出も独特なのでしょうが、それだけじゃないと思います。
たまたま、素早い身のこなしを見せているかと思いきや、
今度は顔がひどい
言葉にすると、「ふんごー」「もぐう」「ぐぬんが」といった感じです。
髪振り乱して、脂汗で額をテカテカ光らせている様子は、正直「何か、くさそう」です。
もともとそんなにハンサムじゃない上に、ハンサムに見せたい欲ゼロです。

やっぱり、主役が主役たる最低ラインというのがあるんじゃないかと思うんです。
「弱さ」や「汚さ(泥とか)」は許されるけど、「くささ」は許されないかな、とか。
それに、「くさい」設定でも、実際は若い美男美女がほどほどに演じていて、
全然くさそうじゃない! くさそうに見えない! ということが多い気がするのです。

でも、紋次郎のその、本当にくさそうに見える表情がものすごくいい。
キッタネー顔が、すごく魅力的なんです。
人間味溢れるというか、人間臭溢れているのです。

どこにもふるさとはない
泣くやつは誰だ
このうえ 何が欲しい

私は落ち込んでいるときに、このフレーズを聴くと、ぐわーッと力が湧いてきます。
潔くこの身ひとつで生きていくぜという男らしい気持ちになります(女ですが)。
皆さんも、失恋したとき、仕事がうまくいかないとき、ぜひこの曲に根性叩き直されてみてください。
「あっしには関わりのねえこって」と、颯爽と立ち去っちゃってください。
それでも、背中から、上條恒彦の歌声が追いかけてきます。

けれども どこかで
おまえは待っていてくれる
きっと おまえは
風の中で 待っている

誰にも期待しない、自分はひとりなんだ。と思うことで、初めて
ひとに優しくなれたり、愛する気持ちが湧いてきたりすることってありますよね。
紋次郎は、孤独なさすらい人なんだけれど、どんなにひとと関わることを拒否しても、
回避しきれずに、情や思いや記憶がいっぱい絡み合った人間関係の中に巻き込まれてしまう。
どんなに独りで生きようとしていても、彼もまたこの世界の一部としてしか存在できず
やっぱり独りじゃないのです。

最後は時代劇というより、主題歌の話になってしまいました。
私も生まれる前に放映されたドラマなので、ブームになった当時の雰囲気とか
このドラマの名作たるゆえんみたいなものは、全然語れないのですが、
観ると胸が燃えて、誰でも「渡世人」または「男の中の男」になれるドラマだと思います。

ほほえみには会ったこともない
きのうなんか 知らない
きょうは旅をひとり

男って、強がりですね。

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コメント(3)

ヤドカリが好きです。カタツムリは好きではありません。

ぼくらが旅に出る理由という小沢健二さんの歌が好きです。
つい最近たまたま聞いて ぼくはふらっときました。

彼岸花が枯れていました。 移ろいをかんじます。

今日は満月です。 とてもきれいです。

月夜のキャベツくんをよんだおうちの幸子さん(母親)が きょうは月がきれいに出ているから とんかつはやめようといっていました。
たべられてしまうと。

石神さんのせいで中村家は 粗末な夕食でした。

ひどいよ。

はっはっはっは。
これはもしかして、言わせていただけるんでしょうか?


あっしには関わりがねえこって…


ごめんなさい。私のせいで。
でも、月夜だからとトンカツを作らないお母様は、すてきです。
「満月は、満腹だから、トンカツ盗らないよ!」と反論するというのは、いかがでしょうか。
でも、油断は禁物ですね。

お寺の彼岸花も、しおれていました。
彼岸花は死と結びついたイメージで語られることが多いと思うのですが、
私は見るたびに「たま」の
「夜風がスカート揺らしたら、見えたよあの子の曼珠沙華」
という歌詞を思い出してしまうので、完全に不謹慎です。

それはともかく、
移ろうのは悲しいときもあるけれど、
悲しいときは、移ろうことが救いになりますね。
やっぱり移ろっているのは、物ではなくて心なんでしょうか。

「ぼくらが旅に出る理由」聴いてみます。
ありがとうございます。

Appreciate your sharing, that is a fantastic article post.Really thank you so much! Great.