2009年11月アーカイブ


ペピンはいま、大体土日で身体を動かしたりミーティングを
したりしています。稽古や話合いに出るととても活性化されます。
明日へのやる気が出てくるというか。

ただ、この蒸気にも似た「明日へのやる気」は瞬間的というか、
なかなかそうそう持続しない。

逆に離れている間は考えたり想像したりの繰り返しで、
そういう時はなかなか前向きに考えられない。
「明日へのやる気」が湯気みたいに「ポーッ」と噴出して
きません。

そういうのが忘れるっていうことなのかもしれないです。
なんかそういう大事なところを忘れてしまう自分に腹立たしく
思ったときもありました。

落語家の故三遊亭円楽さんの話があります。
『愛し合っている二人が別れることになってしまいました。
女の人が「どうしてさ?」と問われたときの男の言葉』という
お題で、円楽さんはこう答えています。

「別れなきゃ、また会えないじゃないか」

カッコいい。円楽さん、私はこう言いたい。

「忘れなきゃ、また思い出せないじゃないか」
「忘れなきゃ、また会えないじゃないか」


忘れてしまう自分がいる。でも、思い出すためにまた会いに行く。
ペピン結構設計はそんな場所です。

コメントを書く

ぺピン企画ミーティング@横浜の焼鳥屋さん。
来年以降の公演の企画を考えるためのミーティングでした。

それぞれ、企画にしたいこと、最近気になっていることを持ち寄って。
美味しいご飯と少量のお酒(僕らにとっては多めかも)を片手に3時間半。

企画案の内容は、やがて公演作品としてお目見えしたり
今後ブログに少しずつ登場したりすると思うので、別の機会に譲るとして
気付いたことを少し書きます。

僕は、普通の人よりも「人の役に立ちたい」という意識は強いと思うし、
人の役に立つことが、自分のモチベーションを高める
ドライバーになっているタイプの人間だと思います。
それは、ぺピンの活動スタンスにも、少なからず影響していると思う。

でも、人の役に立ちたいとか、新しい表現をつくりたい思う気持ちが強くたって、
どうやって人の役に立つか、何を表現するのか、というのはまた別問題。
いいかえれば、「何のために」と「どうやって」は違う。
今回の企画ミーティングは「どうやって」を考えるプロセスです。

この「何のために」と「どうやって」の両輪が、活動を支えていくんだと思います。
会社でもそうだけど、この2つのどちらかが欠けていることが多いような気がする。
僕らは、この2つを行き来しながら、作品づくりを続けたい、と思ってます。

pepinmeet091123.jpg

コメントを書く

ずいぶんとご無沙汰してしまいました。すみません。
この間、冷え込みが厳しくて「いよいよ冬だなぁ」と感じます。
寒いから当然、長ズボン・長袖で通勤しています。

でも小学校のとき、なぜか長ズボンを買ってもらえなかった。
夏はいいけど、冬場もなぜか膝上の半ズボン。
「子どもは風の子、元気な子」と言うけれど、小学5,6年になると
さすがに寒くて仕方なかった。

それに5,6年になると性徴っていうんですか、腕とか腿とか
毛が生えてきて、恥ずかしい話、毛深い方だから目立つわけです。

もう小学校高学年とか中学校とか高校とか、体毛関係は本当に
センシティブというか。からかわれ方も尋常じゃなくて、トラウマに
なっておかしくないくらいダメージが大きいですね。

だから小学校の頃は本当に惨めで半ズボンであることが憎くて
しょうがなかった。

中学校になると制服になったから、そういう辱めは減ったけれど、
中学生になって初めて買ったジーンズには感動した。

あったかいし、毛も隠れるし、何よりカッコいい。
体毛を隠しながら、且つカッコいい。

いまも年の大半はジーンズです。今はもう毛のことも大して気に
しなくなったけど、ジーンズはくたびに「結構救われたな」と感じます。

のりたま 11/22
コメントを書く

だいぶ長いこと、更新が止まっておりました。


僕らは離ればなれ
たまに会っても 話題がない

それぞれふたり 忙しく
汗かいて

(『すばらしい日々』 奥田民生)


ペピンブログもそうなんですけど、
離れているときに、本当にその対象のことを考える、
人間関係だったら相手のことを
仕事とかやらなくてはいけないことだったら、それについて
直接関わっていないときにこそ、実は前に進んでいたり
本気で考えてあげられるってこと、あるなあと、最近よく思います。
離れて初めて、愛情を持って見ることができるというか。

私は稽古場が好きなんですけど、
やっぱり稽古のやり方とか、役者のみんなとやってみたいこととか
思いつくのは、たいてい稽古がないときとか、稽古場に行く予定がないときです。
そのくせ、実際に稽古場にいると、ちょっとだけ稽古がきらいになります。
お芝居の企画は、公演予定を組んでから考えることが多いですが、
そういう準備が始まる以前や、前の公演が終わった直後に
面白いことをみつけることが多いような気がします。
2年間ほど、ペピンをお休みしてCOLUMBAというユニットをやっていたときも、
心の中ではペピンのことをたくさん考えていました。

人間関係でも、たとえば「許す」ってことについて、
それは自分の中の怒りや、相手に傷つけられたという思いを手放すことだと思います。
「忘れる」ことがしばしば癒しにつながるのは、思いを手放せているから。
別に忘れなくても、許すことも可能だと思うけど、難易度高い気がする。
特に、相手が目の前にいるときに許すことは、すごく難しいと思う。

とても冷たい言い方をすると、利害が衝突する関係性から離れること、だと思うけど
それで優しくなれるなら、もう誰とも一緒に居ない方がいいんじゃないかって思ったりして、
特に誰かを傷つけてしまった後なんかは、そんな気持ちで落ち込みます。

そういう点で、キャベツくんとブタヤマさんの関係は不思議だなと思います。
『キャベツくん』シリーズでは、キャベツくんがブタヤマさんに対してすごく寛容で、
(お前を食べる!とか脅されたり、何度も食べられそうになるのに、結局一緒にいる)
そういう意味でのキャベツくんの「許し」は、もはや悟りの領域なんじゃないかと思ったりします。

私はキャベツくんみたいになりたいけど、実際は真逆で
感情的ですぐ熱くなる、猪突猛進タイプで、しかも白黒つけたがる。
思いついたらすぐ実行に移したかったり、「待つ」とか「寝かせる」とかすごく苦手です。
だからもっと、物事から離れて待ってみるとか、忘れるとか、時間を信頼するとか、
そういう姿勢を身に着けたいと、痛感しています。
それは色んなものに対する優しさなんじゃないかと思うのです。
本当は、離ればなれじゃなくても優しくなれるならそれが一番いいけど、
キャベツくんみたいになれたら幸せなのかどうかも、今はまだ分からない。

200911092236000.jpg

写真は、唐突に関係ないのですが、
私のデスクトップのモニターの上で
いつもアチョーしている2人組です。
もともとセットで作られてないので、微妙に姿勢や視線がずれています。
いつもそばにいるのに、お互いを見ていないふたり
てなんかうまいこと言っちゃいました。

いったん、離れてみたら、なんか変わるかもよ。
私たち誰もセットで作られてないし。
『すばらしい日々』を聴きながら、大人になるということについて思うのです。
もう29歳だけど。


朝も夜も歌いながら 時々はぼんやり考える
君は僕を忘れるから そうすれば もう すぐに 君に会いに行ける

コメントを書く