僕らは離ればなれ/すばらしい日々

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だいぶ長いこと、更新が止まっておりました。


僕らは離ればなれ
たまに会っても 話題がない

それぞれふたり 忙しく
汗かいて

(『すばらしい日々』 奥田民生)


ペピンブログもそうなんですけど、
離れているときに、本当にその対象のことを考える、
人間関係だったら相手のことを
仕事とかやらなくてはいけないことだったら、それについて
直接関わっていないときにこそ、実は前に進んでいたり
本気で考えてあげられるってこと、あるなあと、最近よく思います。
離れて初めて、愛情を持って見ることができるというか。

私は稽古場が好きなんですけど、
やっぱり稽古のやり方とか、役者のみんなとやってみたいこととか
思いつくのは、たいてい稽古がないときとか、稽古場に行く予定がないときです。
そのくせ、実際に稽古場にいると、ちょっとだけ稽古がきらいになります。
お芝居の企画は、公演予定を組んでから考えることが多いですが、
そういう準備が始まる以前や、前の公演が終わった直後に
面白いことをみつけることが多いような気がします。
2年間ほど、ペピンをお休みしてCOLUMBAというユニットをやっていたときも、
心の中ではペピンのことをたくさん考えていました。

人間関係でも、たとえば「許す」ってことについて、
それは自分の中の怒りや、相手に傷つけられたという思いを手放すことだと思います。
「忘れる」ことがしばしば癒しにつながるのは、思いを手放せているから。
別に忘れなくても、許すことも可能だと思うけど、難易度高い気がする。
特に、相手が目の前にいるときに許すことは、すごく難しいと思う。

とても冷たい言い方をすると、利害が衝突する関係性から離れること、だと思うけど
それで優しくなれるなら、もう誰とも一緒に居ない方がいいんじゃないかって思ったりして、
特に誰かを傷つけてしまった後なんかは、そんな気持ちで落ち込みます。

そういう点で、キャベツくんとブタヤマさんの関係は不思議だなと思います。
『キャベツくん』シリーズでは、キャベツくんがブタヤマさんに対してすごく寛容で、
(お前を食べる!とか脅されたり、何度も食べられそうになるのに、結局一緒にいる)
そういう意味でのキャベツくんの「許し」は、もはや悟りの領域なんじゃないかと思ったりします。

私はキャベツくんみたいになりたいけど、実際は真逆で
感情的ですぐ熱くなる、猪突猛進タイプで、しかも白黒つけたがる。
思いついたらすぐ実行に移したかったり、「待つ」とか「寝かせる」とかすごく苦手です。
だからもっと、物事から離れて待ってみるとか、忘れるとか、時間を信頼するとか、
そういう姿勢を身に着けたいと、痛感しています。
それは色んなものに対する優しさなんじゃないかと思うのです。
本当は、離ればなれじゃなくても優しくなれるならそれが一番いいけど、
キャベツくんみたいになれたら幸せなのかどうかも、今はまだ分からない。

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写真は、唐突に関係ないのですが、
私のデスクトップのモニターの上で
いつもアチョーしている2人組です。
もともとセットで作られてないので、微妙に姿勢や視線がずれています。
いつもそばにいるのに、お互いを見ていないふたり
てなんかうまいこと言っちゃいました。

いったん、離れてみたら、なんか変わるかもよ。
私たち誰もセットで作られてないし。
『すばらしい日々』を聴きながら、大人になるということについて思うのです。
もう29歳だけど。


朝も夜も歌いながら 時々はぼんやり考える
君は僕を忘れるから そうすれば もう すぐに 君に会いに行ける

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