2010年7月アーカイブ


ちょっと長くなるけれど、あの日の俺のマルチメディアを
小学生のころから、もう一度、たどってみました。長くなりますがご一読ください。

僕が初めてパソコンを使ったのは、確か小学校5年生のとき。
学校に一太郎・花子がインストールされたNECのパソコンがあったけど、
当時はまだワープロが主流の時代だった。
僕は父親が買ったもののあまり使っていなかった東芝のワープロ「Rupo」を使って、
新聞記者よろしく学級新聞をつくり、自分のクラスで勝手に配っていた。
イラスト入りの手書きの新聞には興味がなかったけど、
ワープロを使うと新聞記者になれた気がして、僕は得意げだった。

中学に入って僕はコンピュータ部に入った。コンピュータルームには
富士通の「FMタウンズ」が入っていて、僕は部員たちとゲームづくりに夢中になった。
剣道部と兼部していたから、部活は週1日しか活動できなかったけど、
家に帰ってからもプログラムを書き、翌日友だちとフロッピーでお互いのゲームを交換した。
そういえばそのときゲーム交換していた友だちは、大学のときに自殺してしまったけど、
その時は毎日ああだこうだといいながら、スクウェアよろしくゲーム作りに励んだ。

家では親が小さい頃から貯めてくれていたお小遣いをはたいて、
NECのパソコン「PC98」を買い、ニフティのパソコン通信に没頭した。
インターネットがちょうど出てきた頃で、28.8kbpsという超低速の回線。
3分待ってやっとページが全部表示されて、リンクをクリックするとまた3分待ち。
FMタウンズもPC98も、「マルチメディア」を売り物にしていたけど、
それはやがて訪れるかもしれない未来の話で、僕はそんな未来に期待しながら、
3分待ちのホームページが表示されるのをずっと待っていた。
ずっと待ちながら、ときどきパソコンで曲をつくったりした。

高校に入ってから新しいパソコンを買った。
今度は秋葉原で材料を買ってきて自分で組み立てた。
NECは相変わらずマルチメディアを謳っていたけど、自分でパーツを買ったほうが
同じ値段で1.5倍くらいの性能のものが手に入ったから、
もうNECに頼るのは止めにしようと思った。
演劇部のホームページや裏サイトを作って後輩たちと盛り上がったけど、教師に止められた。

大学(SFC)に入ると状況は一変した。大学の敷地内はWiFiが飛んでいて
大学生はいつもノートパソコンを片手に授業に出たりご飯を食べたり、
芝生に寝転がってメールを打ったりしていた。
パソコンを使って画像や映像を編集するのは当たり前。
学内のコンサートはインターネット中継されており、
アメリカに留学中の学生からは、ライブの感想が送られてきていた。
それは、NECが夢見たマルチメディアが現実となった世界。
スーパーコンピュータを持つ大学が、大学が時代の先端を走っていた時代。

きっと、マルチメディアが夢見た未来に、現実が追いついてきた時代なんだろう。
でも、未来が現実となったのに、幸福感よりも、不安感が強かった。
夢見た未来は満たされていて、何をやったらいいのか分からない焦燥感。
僕がペピンをやめて、見えない何かを探して旅だったのもこの時期だった。
見えない未来を探す旅。新しい未来を作る旅。

話は飛んで今年の話。5月の終わりに仕事で、
ボストンのマサチューセッツ工科大学(MIT)に行ってきた。
久しぶりに訪れた大学。「MITメディアラボ」という研究所の研究成果を聞き、展示を見て、
教授や学生たちとミーティングをしながら思ったこと。

IT企業、ベンチャー企業が、今の時代の先端を走っている。
その企業やベンチャーたちが追いかけているのは、人の生活だ。
未来のコンセプトを提示する時代はもう古い。人の生活がどのように変わっていくか、
人が心地よいデザイン、人間中心のデザイン。その先頭を走るのは、私たちの生活だ。
iphoneやipadが、時代の最先端であり、現実でもある、という時代。

小学校、中学校、高校、小さい頃に夢見たマルチメディアを、今では現実が追い抜かしていて
今は私たちの生活そのものが、未来であり現実なんだ。
僕が明日の行動を変えれば、未来はすぐさま形を変える。

僕らのまわりには、そうやって未来を変えていく人たちがたくさんいる。
そしてどんどん有機的につながっていて、スティーブ・ジョブズも、
たぶん友だちの友だちの友だちくらい。
企業と消費者という立場も、もはや時に曖昧だ。

中学生の頃、僕の地元、閑静な住宅街に突然現れた、あなたの近所の秋葉原、サトームセン。
ある日、サトームセンがあの交差点から消え、
そしてサトームセンはヤマダ電機に買収され、やがて消えていった。
あの日の俺のマルチメディアは、憧れであり、苦悩であり、現実となり、
そして今では僕らそのものだ。

Our future is ourselves.

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