悲しい話

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全然書かなさすぎて、誰かまだ見てくれているのか、なぞです。
あれですね、やっぱりツイッター書いてるせいですかね。
でも、最近思うけど、ツイッター書くからブログ書かないっていうのは変なリクツな気がします。
だって全然、書くものが違うからね。

だからブログを更新していなかったのは、単に忘れていただけです。
どなたか、思い出して見てくださる方がいることを願います。

気づいたらもう来週末が本番!
http://pepin.jp/stage/multimedia/

まあ、来週末が本番と思うと、
たいてい「ぎゃー」とかですね、感想は。
でも今回は、「ぎゃー」とも思うのだけど、とても寂しい気がする。
そうかもう2週間くらいで終わってしまうのかと思うと、名残惜しいです。

それは多分、今回のチームが私とても好きで
あとこのお芝居が、とても自分自身の核にかかわっているからだと思う。
このお芝居を、一番必要としているのは自分かもしれないと思う。

ストーリーそのものは、私個人とはあまり関係ないのだけど
(再演だし、2003年初演時の事情はぜんぜん持ち越していないから)
そこにある「悲しさ」が、自分にとって今とても大切で。

今回は書く前から、悲しいお話になるだろうと思ったんだけど、
その悲しさは、自分や、できたら他の誰か(お客さん)を
癒すものになればいいと思っていました。
そんなのギリシア悲劇の昔から、変わらないことかもしれないけど
悲しいお話が人を癒すということが、ようやく腹に落ちた気がしています。最近。

で多分、一番癒されるのが私なんだろうな。
「癒される」というのは、「受け容れる」とか「理解する」とかとほぼ同意義で
何かを噛み砕いて呑みこむために、物語はあるんだろうなと思います。
それはやっぱり、世界ってどうしてこぉなっちゃってんだよ(岡村ちゃん)という訳分からなさがあって
それとなんとか折り合いをつけて、明日もちゃんと目を開けて誰かと言葉を交わそうという、
そういう決意と力を手に入れるためだと思います。

たとえば「失恋」は、恋を失うと書きますが、
別れたときではなくて、相手を好きじゃなくなったときが本当の失恋だと思います。
私は、大好きな人の顔も、恋が終わるとすぐに忘れてしまいます。
そのことに自分で悲しくなります。
すごく好きで、すごく幸せだったはずなのに
その気持ちもぜんぜん思い出せなくなります。

まだ好きで、忘れられないなら、それは失っていないと思います。
それは辛いかもしれないけど、悲しいのとは違う気がする。
本当に悲しいのは、思い出せないことだと思います。
戻れないのは自分。
取り戻せないのも自分。

今回の『マルチメディア』は、忘れてしまった愛しいもののお話です。

たぶんこれから、もっと忘れっぽくなるんだろうし
覚えていることより忘れたことの方が多くなっていくんだろうけれど(今もか)
そうやってどんどん先へ進んでしまう自分がたくましくて悲しいです。
だけどそうやって生きていくんだろうと思います。

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コメント(5)

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中学生のころ好きな女の子がいましてね、付き合っていたのですが、3ヶ月も続きませんでした。ぼくが初めて付き合った女の子でした。
少しふっくらとした女の子だったかしら。

3ヶ月もしないうちに好きだった女の子への気持ちがすっかりなくなってしまっていることに気がつきましてね、いや、なにか特別な理由があったわけではなかったと思います。 とても好きだったんだろうけど
 
もぉそれから一度も話さなかったと思います。廊下ですれ違ってもね。
僕らも大人になって 大学に通ってたころ 一度 駅のホームで会ったことがありましたが。 あんなにも時間がたってるのに なんだか気まずいかんじがしたな。

そのときの事はぼくのなかではとても決定的でね、何しろ信じられなっかった。  

あんまり人を好きになるもんじゃないなって思いましたね。線香くさい影を自分の感情の背後に感じるようになってね。相手の子にも悪いしね 何しろ自分がいやになっちまうからね。


でもそんなもんなのかもなぁ 

せみが死んでらぁ 頭の中じゃ昼間鳴いてたせみの鳴き声でいっぱいだ
高らかに とても高らかに鳴いてらぁ もぉすでに消えてしまった 失くなってしまった 生きていた証だ


悲しい納得だ  そんなんだな


 


コメントありがとうございます。
ああ、すみません。悲しい感じで書きすぎてしまったかもしれません。
大丈夫です、そこまで悲しいお芝居じゃありません・笑

忘れてしまうことは悲しいけれども、うれしいことでもある気がします。とても軽やかで晴れやかです。
あ、忘れちゃった…と思うときは悲しいけど、
その悲しさを通過して、心が軽くなるんです。きっと。

私は初恋を完了するのに10年かかりましたけど
(その間、もっと好きになった人もいたけど)
もう終わろうと思った次の日には、なんとも思わなくなっていました。もうとっくに終わってたんでしょうね。
10年かかったのに、今は顔も背格好もほとんど思い出せないです。

喉元すぎれば熱さ忘れてしまう自分とか、人間って
ほんと馬鹿だなあと思うけど、楽しいです。
そういういい加減なところが、人間ていいなと思います。

7年つきあったカノジョと別れたばかりで、しかもペピンはそのコに教えてもらったのですが(笑)観に行きます!

なにそれ!!
残念だけど、元気そうでよかったです!
ペピン一同、劇場でお待ちしてます(はーと)

私ペピンのブログいつもちぇっくしてますよ♪

そして、私もつい最近「失恋」ということばの事を考えたりしていました。
気が合いますね★

なるほど、相手を好きじゃなくなった時が失恋なんですね。
だとしたら、もし、二人のうちどちらかがその思いを打ち明けられないまま、形だけ恋人のふりしているとしたら、辛いことですね。でも、よくあることなんでしょうね。

私も若い頃に、当時付き合ってた人と「必ず結婚するんだ!」って思っていました。
でもとても辛い出来事がきっかけで、もう顔も見たくないと思って別れを決意した時に
楽しかった頃の思い出が頭の中に巡った瞬間に涙が溢れてくるんです。
その思い出泣きを繰り返すたびにだんだんと辛さが薄れていくんです不思議と。。。。

ただ、辛い別れだったけれど、
付き合いだした頃その人のお父さんに言われた一言が忘れられません。
「まだ若い男と女やけん、この先何があって別れるかもしれん。
でも、もし別れたとしても、こいつと付き合わんどけばよかった、とは思わんでくれな。」
私はその時「そんなこと思いたくもないです」と言ったかな?


その人がどんなに悪いことしてそれが原因で別れたとしても、
時とともに浄化されてだんだん軽くなるから、憎しみも悲しみも消えていって、「いい思い出」となります。私の場合だけれど。


うん、いいおもいで。