石神 夏希 による最近のブログ記事


アマゾンの話

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こんにちは。石神です。

冷たい雨、朝から暖かな晴天と続いて
今日はまた雪の降りそうな冷たい空です。
昨日から『ハウ・アー・ユー?』劇場入りしました。
仙台から三角フラスコさんも到着しました。
今週末の土曜日から開幕です。

2月の『お母さんしかいない国』以来となるペピンの新作は『アマゾン』。
密林でも仮面ライダーでもなく、あの本屋さんの方です。
私たちの日常と「願い」についてのお話です。

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ちょうど三角フラスコさんからお声がけいただいた頃、
NGO職員として気仙沼で復興支援に当たっていたメンバーが帰ってきました。
ほんとに、彼に「おかえり」というところから作り始めたような感じです。
ペピンにとっては様々な巡り合わせが重なった公演であり
今この機会でなければつくらなかった作品だと思います。

ごく私的なことですが、自分としては
30分程度の短編作るのはとても楽しかったです。
拙いところもあるかとは思いますが
今の自分たちに正直に作れたと思います。

...あと、たぶんですけど、Amazonがテーマの演劇は
まだ他に作られていないかなと思います。
(だから何だって話ですが。もしもあったら教えて下さい)

それはそれとして、合同公演みたいな場は久しぶりなのですが
昨日一日、三角フラスコさんと一緒に劇場で過ごしてみて
なんかすごく楽しいなあ、と思いました。
三角フラスコさん達の人柄とか、ツアー慣れしているとか、も思いますが
なんというか、チームの空気や距離感が結構似ているように思います。
居心地がいい。

作品づくりをご一緒するような機会はこれまで無かったのですが
数年来、仲良くして頂いているのには、それなりの理由があるのだなあ
などと思った次第です。

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仙台と東京(横浜だけど)の劇団が合同で...ということで、
震災関連で企画された公演にも見えるかもしれません。

もちろん無関係ではあり得ませんが、でも
私たちにとってはもうちょっと個人的な形で生まれた企画だと思っています。

何て説明したらいいかな、と思っていたら、
三角フラスコさんがちょうどぴったり来る言葉で言い表していたので
一部を引用させてもらいます。

ーーーーーーーーーーーーーーー
今年最後に、ずっとずっと仲良くさせていただいていた、横浜を拠点に活動されているペピン結構設計さんと一緒に、トーキョーで公演させていただくことになりました。

ペピン結構設計さんは、この企画のために当初、次回作として構想されていた作品とは別に、私たちが今回、再々演する一人芝居「はなして」へのお返事のような新作「アマゾン」をクリエーションしてくださりました。

ハウ・アー・ユー?
アイム・ファイン アンド・ユー?

最近どうしてた?お元気ですか?そっちはどうだい?
そんな会話のように、横浜と仙台、それぞれの場所で産まれた物語を、
トーキョーで交わしたいと思っています。

そして、皆さんにも劇場で問いかけたいと思っています。
ハウ・アー・ユー?
ーーーーーーーーーーーーーーー

4月10日に高速バスで
仙台に向かっていたときの気持ちを思い出しています。

是非たくさんの人に立ち会ってほしい、というつもりはないですが
(劇場も決して大きくないし)
会えたらうれしい。ちゃんと会いたい。
お客さんのことを思うと、今そんな気持ちです。

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お久しぶりです。石神です。

かなり今さらなのですが『お母さんしかいない国』の舞台写真を
こちらで紹介しておこうと思います。(ほんとに今さら...)

次へ行く前の、まとめと、御礼をかねて。
ご来場くださった皆さま、応援して下さった皆さま、
お手伝いしてくださった皆さま。
いつもながら本当にありがとうございます。

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さらに今回は、「巡演」と銘打ちまして
劇場であるSTスポット以外にも3ヶ所の「家」で、上演を試みました。
それぞれ、会場に合わせて脚本を編集し、展開もオチも少しずつ違う上演でした。

巡演1:「三田の家」
田町の商店街の中にある古民家を利用したオープンキャンパス。
キッチンを利用し、お客様にはリビングに座って観ていただきました。
終演後は、みんなでご飯を食べながら「お母さん」についてお話しました。

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巡演2:「智ちゃん家」
都内で女の子がひとりで暮らすワンルームマンション。
ベッドルームを客席に、キャパ8名という極小公演。
男4人がバスルームから現れては小さなキッチンで
所狭しとお母さんごっこをするという、エキセントリックな上演になりました。

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巡演3:「バウハウス高円寺」 ※写真が準備できていなくて、すみません。
こちらは、8人住まいのシェアハウスで、
共用スペースであるダイニングキッチンとリビングをお借りして
住人の皆さん+一般のお客さま混在で観ていただきました。
そこに住んでいる人と、住んでいない人とでは、当然ながら見え方も
空間の捉え方も、違ったようで。
ここでも終演後は、みんなでご飯を食べながら歓談。

---
で、掲題の「わからない物語」のこと。

「お母さん」のお芝居をやってみて、思ったことは
共感できるところと、できないところが、こんなにもハッキリ出るんだなと。
お母さんって、普遍的なテーマだけど、とてもとても個人的な体験だから。
ざっくりでは、男女で結構反応が大きく違ったようでした。もちろん、人それぞれですが。

そして、お芝居が終わってから改めて、つくづく気づかされたのは、
「これは、私のお母さんの物語じゃなかった」ということです。
身も蓋もない言い方なんですが、私には共感できない物語だった。
そしてこのお芝居は、そこからスタートしてもいました。
ずっと舞台の上にあった「わからない」という言葉、です。

ペピンでは割といつもそうなんですが、
役者さんにまずお話をたくさん聞いて、彼らの語ることからテーマを抽出し、
それについてさらにみんなと話し合ったり、作文を書いてもらったりしながら
エピソードを拾い上げ、編み上げていくような手法をとることが多いです。

今回は、かなり初期の段階から、
個々人のお母さんという物語の「共有できなさ」と
「お母さんのことはわからない」ということが、無視できない明らかさで顕われました。

ほんと、「わからない」ってことなんだ。と思いました。
お母さんの気持ちもわからないし、他のメンバーのお母さんについての体験も共有できない。
深く話せば話すほど、「わかるわかる」ということは減っていって
「何それ、全然わかんない」ということばかりが、目の前に積み上がっていきました。

そういう作業の中で、私にとって手がかりになったのは
「隣にいる他人への無理解と、無理解の上に立つ愛情」ということだけでした。
ただ、わからない、ということだけが私にとってリアルなことでした。

このお芝居を見て、共感してくれた人もいたようだし、
全然共感できないといって、がっかりしていた人もいたようでした。
それで何が悪いんだと、無責任な言い方かもしれませんが、思います。
どちらの感想でも、どんな感想でも、応えてくれたことが嬉しいです。
「おーい」と呼びかけて、誰かが「おーい」と応えてくれることほど
確かなことはないと思う、というか、それが全てだよねえ。

物語って、共有できないと、物語にならないけれど。
共有できないっていうメタでギリギリ私たちは手をつなぐ、っていう
それはもう限界なのかな、陳腐なのかな。
そう思い迷いながら、私個人がここ数年、いつも着地してしまうのは
「わからない物語」という物語、あるいは愛。でした。
愛。ってなあ。でも、愛としか言いようないだろう。例のアレは。

『お母さんしかいない国』も、ささやかながら
そんな「わからない物語」のひとつでした。

「大きな物語は失われた」という大きな物語があったよね、
と書いていた人がいて、ああそう、とぼんやり思いながら、
3月11日の後の日々を暮らしています。
いま、たくさんの人たちが「誰かの痛みがわからない」ということの
深い深い断裂の上で手をつなごうと、いっしょうけんめい腕を伸ばしている。
不完全さという完全さを振りかざして、わかった気になりたかったのは
私だったのかもしれないです。

「わかる」という物語のことを、考え始めています。
いやみんな考えてきたんだよね。これまでも、いっしょうけんめい。
ごめんよ、私も考えるよ。これから、いっしょうけんめい。
「わかる」ように、やってみるよ。
そんな、つぎはぎだらけの物語を作ってみたい。

やっとこれだけ言えるようになって、風薫る5月が来ちゃったよ。ばかやろう。
そっちはどうだい。
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(1)からだいぶ時間が過ぎてしまって、気づけば今日から劇場入りです。

うちの母は最近、Wii Fit にハマっています。
知らない方のために一応説明をさせていただくと、テレビゲーム機のソフトなのですが、
いろんなフィットネスのメニューが入っていてトレーナーと一緒に運動したり
自分の体重や運動神経を測定・記録して、ダイエットやトレーニングに役立てることもできます。
(模範的な説明)

筋トレやヨガ、ランニング、ボクシング、カンフー、
鳥人間になって空を飛ぶなんていう運動もあります。

で、これをやる際にMiiという
自分のアバターみたいなものを作ることができます。
このMiiが自分の分身として、画面の中で運動をする(自分の動きと連動する)んですが
Miiの髪型や顔のパーツ、服装などが選べるようになっていて、
組み合わせることでかなり自分に似ているMiiを作ることができます。

母は、このMiiを使って、自分を含む家族全員を
Wii Fit の中に作ってしまいました。
 
私のMiiも、知らないうちに作られていました。
といっても、実際にWii Fit をやるのは正月などを除いて、ほぼ母だけです。
実際には、もう家族が揃うこともほとんどないのに
ゲームの中ではいつでも私たち家族全員が並んで準備体操をしていて
だいぶ変な感じです。

母は、いつも夕飯の支度を始める前にWii Fit で運動をしているようです。
一度、運動している母のうしろから画面を見ていたことがあります。
母がランニングをしていると、私が母を追い越していきます。
遠くで妹が、母を応援しています。
父が反対側からやってきて、笑顔ですれ違っていきます。
ペットの犬が足元を駆け抜けていきます。
そんな夕暮れの風景です。
バーチャルだけど。

最初は、母と娘たち(うちは三人姉妹です)、孫たちのMiiがいるのに
父だけいなくてちょっとハラハラしたのですが
数週間後に、本人に生き写しの父のMiiが加わっていたので
ちょっとホッとしました。
ちなみに私はあんまり似ていなかったです。

『お母さんしかいない国』、木曜日の夜7時からです。
よかったらどうぞいらしてください。

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今回の公演『お母さんしかいない国』は男性4名が演じるお芝居で、
息子とお母さんとの関係性がテーマになっています。
そのため、彼ら自身のお母さんについて色々とヒアリングをしたのですが
ここでそれを勝手に暴露するわけにはいかないし、
正直よく分からないところも多いので、私自身のお母さんの話をします。

といっても、私は女性で、いずれ母になり得るということ含め
彼らにとっての「お母さん」という存在とは少し感覚が違うかもしれません。

20代の半ばまで、私にとって母親は、世界中でたったひとりだけ他の人間と違う人でした。
他の人は(突き詰めれば)他人だが、母だけは他人ではない、という考えでした。
母だけはちゃんと繋がっている、連鎖しているという感覚がありました。
「私が母を守らなくては」とずっと思っていました。

会社員をやっていた頃、東京でひとり暮らしをしていました。
とてもいい会社でしたが、生来の、自分を追い詰める性格が災いして
最終的に病気になって仕事をやめたのですが
ある日、もうほんとに限界!というときが来ました。
(実際は、その限界から更に半年くらい働いていましたが)

その日、会社のトイレから出られなくなって、母にメールをしました。
母は私のアパートの最寄り駅で、早退した私を待っていました。
母は普段、ひとりで電車に乗ることもめったにないのに、突然やってきたのです。
いつも思うのですが、東京の街中で見ると、母はすごく小さいです。

そのとき、母は初めて私のアパートを訪れたのですが
私の部屋にはテレビがありませんでした。
忙しすぎたし、自分の生活にはテレビは要らないと思っていたからです。
でも母は「テレビがないなんて寂しすぎる」といって
そのままタクシーで秋葉原の石丸電気に行って、テレビを買ってくれました。

安い中華料理屋に入って、一緒にご飯を食べましたが、
せっかく母が遠くまで来てくれたのに、
何がしんどかったとか、何に悩んでるとか、ひとつも話せませんでした。

私のベッドの横に布団を敷いて、2人でベッドに腰掛けて
柿の種を食べながら一緒にテレビを観ました。

その半年ほど後、私は実家に戻って会社も辞めたのですが
いざ、何もすることがなくなって毎日を家で過ごしてみると
母が一日のうちいかに長い時間テレビの前に座っているか、
ということに愕然としました。

垂れ流しではなく、ちゃんとテレビの正面に座って、
他に何もしないで、ただ観ているのです。そして、ときどき居眠りします。
さらに、たくさんの番組をDVDに録画して、観たい番組がないときに、
録り溜めたクイズ番組などをよく観ていました。
録画した番組が多くなりすぎて追いつかず、
もう眠いのに、無理して夜更かしして観ているときもありました。

何故だかわからないけれど、私はテレビを観ている母の隣に
できるだけ長く居てあげなくてはという気がして、
毎日一緒に、朝から晩までテレビの前にいました。
(実際には手元のPCのモニターを見ていましたが)

少なくとも半年くらいは、そうやって毎日を過ごしていました。
そんなにテレビばっかり観ていたなんて、なんて無駄な時間を過ごしてたんだ!
と、忙しく働く皆さんには叱られるかもしれません。
時間がもったいない!と思われるかもしれません。
ただそのときの私には、「テレビがないなんて寂しすぎる」と言った母の
その寂しさを埋めてあげることが出来ず、ただ隣に座って、
一日中、一緒にテレビを観ているフリをしていることしか、
切実なことがなかったのです。

(ちなみにこの頃、たくさん時代劇ドラマを観たので
あとで『捕物』という時代劇をモチーフにしたお芝居を書きました)

今日はここまでにしますが、
また母の話を書きます。
おやすみなさい。

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松の内も過ぎてしまいましたが、
あけましておめでとうございます。

あまりにも長いこと、ここに来ていなかったので
なんだか草ぼうぼうの廃墟に来たような気分です。
でも今、ブログでやろうと思っている新しい企画があるので
もしそれが始まったら、ここもまた草ぼうぼうなりに賑わってくるかと思います。
今日、そのための「仕事道具」を買いました。

それはそうと、2月初旬に新作の公演があります。
『お母さんしかいない国』というお芝居で、
以前からずっと興味を持っている「お母さん性」について書きました。

そのあたりの話も、またブログに書きますね。
って今日は予告ばかりです。

2010年は、本当に大変な年でした。
正確に言うと、2009年の下半期くらいからずっと
人生の修行のような時間を過ごしていました。
じゃあ今修行は終わったのか、というと、
まだ修行しきって雲の上に出た感じはしないので、まだまだですね。
2009年の後半に、仙人に弟子入りしたとしたら、
いま仙人の便所掃除やらせてもらえるようになったあたりですね。

でも少しずつ、春の訪れを気配で感じています。
それはちょうど、そうですね、背後の山の端からお日さまが出てきて
直接太陽を見ることはできないし、背中に日差しが当たって暖かくなるのはまだ先なんだけど、
自分の立っている地面が照らされて、あたりが明るくなってきたような感じです。

まだ空気はピンと冷たいのに、
もう「初春」といって春の目覚めを信じる、今の季節に似ています。

朝ぼらけ 有明の月と みるまでに
吉野の里に ふれる白雪

っていう歌が、高校生のとき国語の教科書に載っていて
現代文の授業だったんだけど、時々この歌のページを開いては、
そんな白くて寒くて明るい朝を思い浮かべて、
とても楽しい気持ちになった。
張り替えたばかりの障子紙みたいな気持ち。


今日はもう寝ないといけないんです。
でも今、書きたいことがたくさんあるような気がしています。
ずっと、長い間、何を言えばいいかわからなかった。
そんな気持ちに少しずつ言葉が追いついてきたようです。
本年も、ペピン結構設計をどうぞよろしくお願いします。

Wholesale Galvanni 09/06
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夏のポエム

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今日、過去に送付した公演案内を閲覧していたら

2004年『ポエムの獣』のお知らせで、自分が

お客さん全員に自作の詩を送りつけていたのでびっくりしました。


どうやら、「恥ずかしい私」という作品テーマにちなんで、そんなことをしたようです。

大胆ですね、2004年の私。

でも詩を書いて送るのが恥ずかしいあたり、まだ青いですね。


ちょうど、季節柄ぴったりだと思うので、こちらにも載せます。

夏のポエム。


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「夏」

私は長い間バスに揺られていた。稲妻に脱色された空はゆっくりと乾いて、青ぶくれの夏が隣に座った。青ぶくれは私に「ほくろを数えろ」と言った。ぶくぶくと膨れてまことに気味の悪い顔だ。バスが揺れ、数えるたびにほくろの数は変わるので、私は「どうしようもない」と言った。

 

青ぶくれは運転士に「左に曲がってパーキング」と言った。けれどもバスがパーキングに止まるわけはない。私はずいぶん急いでバスから降りたのだけれど、青ぶくれはついてきてしまった。

 

夕飯の時間、青ぶくれがうるさく話しかけるので箸で口をつまんでやった。

風呂の時間、青ぶくれが窓からのぞいていけないので目玉に石鹸を塗りつけてやった。

寝る時間になっても青ぶくれがうるさいので、ベランダに締め出してやった。

青ぶくれはガラスのむこうでむくむく膨れたほっぺたに涙を流した。

 

その晩は雨が降った。

夢の中で青ぶくれが雷の音におびえて泣いていた。

ほくろはみんな、雨に流されてきれいになくなってしまった。

 

朝、目が覚めると、ベランダにもくもく膨らんだ青ぶくれの夏がいた。

布団のうえから青ぶくれが私を踏みつぶした。

万力のように私を押しつぶした青ぶくれの体温はまことに高かった。

青ぶくれは私に「ほくろを数えろ」と言った。

どうしようもない。

私は泣いてしまった。

 

ほくろがあるのではありません。それは

鉛筆の芯がささったまま大人になってしまっただけですよ。

それはただの夏の思い出ですよ。

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悲しい話

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全然書かなさすぎて、誰かまだ見てくれているのか、なぞです。
あれですね、やっぱりツイッター書いてるせいですかね。
でも、最近思うけど、ツイッター書くからブログ書かないっていうのは変なリクツな気がします。
だって全然、書くものが違うからね。

だからブログを更新していなかったのは、単に忘れていただけです。
どなたか、思い出して見てくださる方がいることを願います。

気づいたらもう来週末が本番!
http://pepin.jp/stage/multimedia/

まあ、来週末が本番と思うと、
たいてい「ぎゃー」とかですね、感想は。
でも今回は、「ぎゃー」とも思うのだけど、とても寂しい気がする。
そうかもう2週間くらいで終わってしまうのかと思うと、名残惜しいです。

それは多分、今回のチームが私とても好きで
あとこのお芝居が、とても自分自身の核にかかわっているからだと思う。
このお芝居を、一番必要としているのは自分かもしれないと思う。

ストーリーそのものは、私個人とはあまり関係ないのだけど
(再演だし、2003年初演時の事情はぜんぜん持ち越していないから)
そこにある「悲しさ」が、自分にとって今とても大切で。

今回は書く前から、悲しいお話になるだろうと思ったんだけど、
その悲しさは、自分や、できたら他の誰か(お客さん)を
癒すものになればいいと思っていました。
そんなのギリシア悲劇の昔から、変わらないことかもしれないけど
悲しいお話が人を癒すということが、ようやく腹に落ちた気がしています。最近。

で多分、一番癒されるのが私なんだろうな。
「癒される」というのは、「受け容れる」とか「理解する」とかとほぼ同意義で
何かを噛み砕いて呑みこむために、物語はあるんだろうなと思います。
それはやっぱり、世界ってどうしてこぉなっちゃってんだよ(岡村ちゃん)という訳分からなさがあって
それとなんとか折り合いをつけて、明日もちゃんと目を開けて誰かと言葉を交わそうという、
そういう決意と力を手に入れるためだと思います。

たとえば「失恋」は、恋を失うと書きますが、
別れたときではなくて、相手を好きじゃなくなったときが本当の失恋だと思います。
私は、大好きな人の顔も、恋が終わるとすぐに忘れてしまいます。
そのことに自分で悲しくなります。
すごく好きで、すごく幸せだったはずなのに
その気持ちもぜんぜん思い出せなくなります。

まだ好きで、忘れられないなら、それは失っていないと思います。
それは辛いかもしれないけど、悲しいのとは違う気がする。
本当に悲しいのは、思い出せないことだと思います。
戻れないのは自分。
取り戻せないのも自分。

今回の『マルチメディア』は、忘れてしまった愛しいもののお話です。

たぶんこれから、もっと忘れっぽくなるんだろうし
覚えていることより忘れたことの方が多くなっていくんだろうけれど(今もか)
そうやってどんどん先へ進んでしまう自分がたくましくて悲しいです。
だけどそうやって生きていくんだろうと思います。

アゴラのセミ 08/17
石神 夏希 08/17
hibiki-c 08/18
石神 夏希 08/19
さちこ 08/22
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ペピンでは、作品づくりの過程で、よく役者さんやスタッフさんに作文を書いてもらいます。
今回、自分にとって「マルチメディア」という言葉から思い出す記憶について、書いてもらっています。

題して、『あの日の俺のマルチメディア』。
というわけで、私もここで作文を書いてみようと思います。

「マルチメディア」という言葉を聞いて、私がつい思い出しちゃうのは
七色の光です。

無意識のうちに言葉と結びついてしまった記憶、というのがあります。
たとえば
私は「主婦」と聞いて思い出すダイニングキッチンのイメージがあるのですが
どういうわけかそれが、幼馴染の「ゆきちゃん」の家のキッチンだということに
つい先月気がつきました。
小学校3年のときに引っ越していったゆきちゃんの家のダイニングキッチン。
確かにゆきちゃんのお母さんは主婦だったけど、でもゆきちゃんの家族はそこには居ない。
ただ白いスチールラックが掛かったキッチンと、ダイニングテーブルの風景を思い出します。
全然ゆきちゃんのお母さんと関係のない、たとえば「主婦のお小遣い稼ぎ」とかって言葉を聞いただけで
その場所の景色が思い浮かびます。

閑話休題。
「マルチメディア」の七色の光は、プリズムを通った光みたいな虹。
生まれて初めて見た、CDの裏側。
水たまりに浮かんだガソリン。
大事に抽斗にしまったままだったオーロラ折り紙

というか、オーロラ。(死ぬまでに絶対に見に行きたい)
LSDをやった人が見る幻覚。(この映像はイメージです)
秋葉原の、電気街のネオン。(マルチメディアの近くに戻ってきた)
サトームセンやオノデン、石丸電機のCMで、
背景をビュンビュン光が流れていきますよね?
あんな感じ。

と思ってYouTubeで確認してみたら、
まったくそんな光は入ってませんでした。まったく。
記憶ってほんとにいい加減だ。

これは、以前に部屋の窓からみつけた二重の虹。

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子供の頃読んだ、『にじにのるおとこ』という絵本を思い出します。
世界の始めの頃、ひとりぼっちの男が、流した涙を集めて投げて
空にかかった虹に乗って、"向こう側"へ行き、ともだちに出会うという話です。
(たしか)

Somewhere over the rainbow, way up high
There's a land that I heard of once in a lullaby

初演『マルチメディア』には、「マルチメディア・ランド」というテーマパークが出てきます。
「マルチ」という言葉は、たくさんの、とか複数の、とかって意味だそうだけれど
どこか私にとっては「すべて」とか「完全な」とか
「多」よりは「全」というイメージがあるようです。
というか、「多」であって「全」。「一であって全」とは違うかも。
必ずしも、一つの全き宇宙じゃないのです。
そこには私とあなたがいて、こちら側とあちら側があって、此処と、此処ではない何処かがある。
虹色の光のイメージも、どこか超越的なものや体験と結びついているように思います。
彼岸であり、未知の世界であり、届こうとして届かなくて、それでも届きたい場所。
もしかしたら、特定の時代の、特定の社会だけの限定的なイメージかもしれないけれど
私が子供の頃聞いた「マルチメディア」という言葉には、そんな憧れが結びついている気がするのです。
オーバー・ザ・レインボー。

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That's where you'll find me... てなもんだこりゃ。


今後、ペピンメンバーを中心に
できたら役者さんやスタッフさんの作文も、こちらで紹介していきたいと思います。
お楽しみに。

さちこ 07/04
石神 夏希 07/11
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以前にも同じようなことを書いたんだけど、
同じネックレスをまた失くして、そしてまた発見した。
正確に言うと、前回(紛失1回目)ブログに書いたときから今回までの間に
さらに一度失くしている。実に3回目です。

2回目は、自然に糸が切れてペンダントトップだけ紛失したのだけど
(↑前回記事の写真にある、金の円の部分)
排水した後のバスタブの中で、奇跡的に流れずにいたのを発見したのです。
それ以降、切れにくい金のチェーンに替えて、身につけていたのですが。

もう今度は、「みつからなくてもいいや」と思ったのです。
とても気に入っているし、自分にとって特別な意味を持っているネックレスでした。
贈り物とかではなく、自分で選んで自分のために手に入れたものだし、
ある意味、自分の心の中心を、象徴的に首からかけているような。
だけど今回は、失くしたというより、ネックレスが自分でいなくなったのかな、と思って。
人でも、ありますよね。自然と縁が切れるというか。別のところへ流れていく。
潮時というか、何か別のものをみつけたり、手に入れたりするタイミングなのかな、と思って。

前回(2回目)、糸が切れて紛失したときも、
偶然にしては出来すぎたようなタイミングで、他にも色々と失くした日だったのです。
そのくせ、ブラックホールのような喪失感の中から、
こいつだけが生還したのは、何かしら意味深い気がしたのでした。
迷信とか、ジンクスとか、あまり信じないんだけど
生活の中で起きるシンクロニシティはわりと信じる方です。
で、さっぱり生まれ変わるというより、自分にとってこれはまだ学ぶことがあるんだなと、
腰を据えてしっかりこの課題に向き合っていこうと思って、チェーンに替えたのでした。

で今回失くしたので、これはそろそろ卒業かな? なんて思っていました。
ところがまた還ってきた(まだ手元には届いていないのですが、発見してくれた人がいた)ので、
そう簡単には、終われないようです。
だけど今回紛失して、「失くしてもいいや」と思えたのは2回目からの大きな変化で、
あまり執着していないとか、流れを受け容れるとか、そういう状態になっているのかもしれない。

ペピン初期の『蜜の味』というお芝居で
「失くしものなんて、これからまだまだいっぱい失くすのに。」という台詞があったり
ペピンのお芝居は、いつも誰かがいなくなるお話だよね、と言われたりするのですが
自分にとって「失くしもの」というテーマ、さらにいえば、
「生活という営みを続ける中で、失くしものとどう折り合っていくか」という問題は
結構デカイです。結局ずっとそれを考えているかもしれない。
それは、死んじゃった犬とか、もう全然好きじゃない初恋の人とか、
外国の寝台列車に忘れてきたパジャマとかも、全部。

喪失感というのがいつも先にあって、
その上で夢を見たり恋をしたりご飯を食べたりしている。という気がする。
もう思春期から、もしかしたら子供の頃から、ずっと。
それが幸せかどうかを考えることが出来ないくらい、当たり前になってしまっている。
だから何かを失くしたときはいつも、「ああ、また」と思う。
またこの感じだ、とか、この感覚知ってるよ、って思うんだけど、
それは喜びとか満足とかよりずっと馴染み深くて、自分の中心に戻ってきたよって感じがするんだ。
そのくせ毎度、けっこう悲しいんだけど。
あ、このペンダントの金の輪っかも、真ん中が空洞ですね。
皆さんはどうですか?
失くしものには慣れてますか?

「ポケットの中にはビスケットがひとつ、ポケットをたたくとビスケットが2つ」
という歌があるけど、なんかビスケットって幸せみたいなもののこと、という気がしていて、
だけど実はポケットに穴があいてて、ビスケットのかけらがぼろぼろこぼれ落ちている気がするんだ。
ビスケットをたたいて増やして、そのたびに穴からこぼれて落ちていくものがある。
こぼれていくビスケットのかけらは、しょうがないじゃん、とはまだ言えなくて。
まだ、というか、いずれ言えるようになるとも思えなくて。

「何も失くしてない」という境地に至る、みたいなことが答えなのかな。
失くしたと思ったら還ってくる、このペンダントは
「失くすけど、大丈夫」って伝えてきてるような気もする。
失くした、というのがオチじゃない。
喪失感は喪失感のままで、だけどいずれ、ちゃんと還ってくるから。そんなことを。

この感じが、消えてなくなることもいつかあるのかな。全然、想像つかないや。

石神 夏希 05/24
。。 05/24
さちこ 05/30
あずき 05/30
石神 夏希 06/01
コメントを書く

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ものもらいになった。

空に散らばる星の間に、線を引いて、
何かの絵姿を浮かび上がらせるような。
私は「運命」は信じないけれども、
いくつかの偶然の間に、大きな意思を感じることがあります。
それを解き明かしたい、という衝動にも駆られます。

今は、自分の人生というか生活に
人とのご縁含めて、色んな新しい風が吹いていて
失敗も多いんだけど、なんか展開が速い。

イメージとしては、変なたとえなんだけど
空港の出発ロビーで、搭乗30分前に
急いでお土産を買って回ってる感じ?笑

待ち時間であると同時に、何か今いる場所から持って行くものを
限られた時間で取捨選択しなくちゃならなくて、駆けずり回っている。
あの人にはこれ、自分のためにはこれ。この土地の思い出に相応しいのはこれ。
焦って変な土産物を手に取っちゃうこともあれば、思わぬ宝物を発見することもある。
でも、もうそんなに沢山は持っていけないし、予算も限られてる。
搭乗時間を知らせるアナウンスが聞こえている。
しかも乗るのは帰国の便ではなくて、次のポイントへの新しい出発という感じなのです。

で、いよいよテイクオフ!ってなったら
実は乗っていたのが鈍行列車でした、てなこともあるかもしれないけれど。
気持ちとしては、ばびゅーんと雲を突き抜けて、
これまでいた場所を俯瞰で見ることになるのだろう、と。

そんな調子の5月は、だから多分すごく忙しくて、
疲れてものもらいにもなるし、だけど次へ持って行きたい宝物が沢山みつかるだろう。
そんな気がしています。

だから5月は好きさ。

.. 05/11
石神 夏希 05/12
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