下田 寛典 による最近のブログ記事


 ちょっと(かなり)遅くなりましたが、「あの日の俺のマルチメディア」を
お届けします。

 直感的にマルチメディアというと、小学生のときに初めて行った横浜の
ヨドバシカメラと、そこで買ったビデオデッキを思い出す。

 私の実家は鎌倉で、月に1度くらい親に連れられて横浜に行っていた。
家族の休日のちょっと贅沢な過ごし方は横浜での一日だった。

 鎌倉にはマルイや高島屋のようなデパートはないし、大型家電量販店
もない。鎌倉は商店街とちょっとしたスーパーがあるだけだったから、
横浜の「都会っぽさ」に刺激を受けた。

 小学生のとき、父親に連れられてビデオデッキを買いにヨドバシカメラ
に行った。

 ずら??っと並んだビデオデッキ。他のフロアにはスピーカーやら
オーディオアンプやらがあった。とにかく、フロアはやたらにぎやかで、
自分には分からない横文字をしゃべる大人たちがいた。

 あの機械に囲まれた状況が、なんだか「マルチメディア」を感じさせて
くれたように思う。機械に対する漠然としたあこがれもあったのだと思う。

 でかいダンボールに入ったビデオデッキを片手に父親と帰宅した。
テレビの裏側にケーブルを差し込んだりしていて、何をやっているのか
さっぱり分からなかったけれど、赤白黄色のケーブルにかっこよさを感じ
たし、テレビとビデオデッキがつながっていく様子は、何か新しいものの
登場をおおいに期待させた。

 最初に見たビデオは確か、「サウンドオブミュージック」だった。普段から
テレビを見ていたから、ビデオで映像が流れたって大したことはないはず
なのに、すごく興奮した。ビデオにカセットが吸い込まれていくのがすごかった。
テレビを入力切替して、真っ暗な画面の中で、再生ボタンを押したらカラーの
映像が流れていくのがとにかくすごかった。

 表現力が乏しくて「すごい」しか言えなかったけれど、あの興奮には、
確かに手ごたえがあった。

 ビデオデッキの登場は、私にとってのマルチメディアだった。

Wholesale Galvanni 09/06
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アキちゃん

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ブログ更新、ずいぶんご無沙汰してしまいました。

いまぺピンメンバーは、次回公演「マルチメディア」に向けて
基礎練をしたりしています。

初演時のマルチメディアは、とある商店街に住む幼馴染を中心に
話が進んでいきました。

マルチメディアを考える上で、「幼馴染」、特に私にとっては
小学校時代の思い出が鍵になっているように思います。

小学校低学年の頃、私は隣に住むアキちゃんとよく遊んでいました。
アキちゃんとは毎日いっしょに通学していました。毎朝、アキちゃんの
家に行き、「あ?き?ちゃん」と呼んで、眠たそうに出てくるアキちゃんと
学校に行っていました。

放課後の遊び相手も、もっぱらアキちゃんでした。
アキちゃんは物静かで活発な子どもではなくて、でも、家にファミコンが
ありました。アキちゃんはファミコンが得意でした。

私の家にはファミコンがなくて、親にも買ってもらえなくて、
ファミコンを持っているアキちゃんの家に行って遊んでいました。

でも、アキちゃんがファミコンで遊んでいるのをじぃっと見ているだけ。
私自身がプレイしたことはありませんでした。

放課後3時間くらい、ずっとファミコンをプレイしているアキちゃんを
見ているだけ。それが小学校低学年のときの私の遊びでした。

小学校4年のとき、父から誕生日にスーパーファミコンを買ってもらいました。
それからというもの、アキちゃんの家でファミコンをすることはなくなりました。
あの頃から、アキちゃんと通学しなくなっていきました。

いま思い出すと、あの頃、アキちゃんと私をつなげていたのは、
ファミコンだったのかなと思います。

自分がファミコンを手にしたとき、アキちゃんを手放してしまったようにも感じます。


いまもアキちゃんは私の実家の隣の家にいます。
時々顔を合わせるけど、なんだか、話すこともなくて軽く会釈して別れます。

それでも私はアキちゃんがまだ隣の家にいてくれていることをうれしく思うのです。

。。 05/11
下田 05/15
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いま、ぺピンは2月の新作公演に向けて稽古&ミーティングを
重ねています。そう、この2月にぺピン結構設計として3年半ぶりの
公演が催されます。

今日はスタッフさんが観覧しての通し稽古を行いました。


このブログでの告知が遅くなってしまいましたが、公演のページが
オープンしています。

こちらが、新作「トンカツであーる」の公演詳細ページです。

1年でもっとも寒い2月ですが、こころあたたまるお芝居をお届けしたい
と思います!ぜひ横浜まで足を運んでいただければと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

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いま、こうしてパソコンに向かっていますが、一日の中で
パソコンと向き合う時間がとても長いです。

仕事でも、とにかくパソコンの画面に向かって、キーボードを
せわしなく叩いて文字に起こして報告書や企画書や提案書を
書いているわけですが、ここでこうして文字を起こしているから、
世の中に何かが生まれていくのだなぁ、と思います。

ここに文字を起こさなかったら、タイの農民が日本に来たり、
私がタイに行ったり、灼熱の太陽に照らされてバテバテになったり、
田植えをしたり稲刈りしたり、日本に帰ってきたらペピンのみんなと
ファミレスで長い時間議論したり、お芝居をつくるみんなと作業したり、
稽古場で笑ったり、どう演じていいかわからなくなったり、本番で緊張
したり、本番の回数が短すぎて切なくなったり・・・・・・。
とにかくそういう色んなことが起きません。

何かが起きるとき、もしくは何かを起こすとき、当たり前のことかも
しれませんが、地味ぃな作業が少しずつ堆積していって、
ようやく「事を成す」というか。

パソコンの画面の向こうに、寂しがりやの私が会いたいなぁと
思っている人の姿や顔が見えているとき頑張れる気がします。

パソコンに向き合いながら、東京の狭いオフィスの中に居ても、
世の中これから色んなことが起きるだろうと妄想できます。
楽しいことも悲しいことも全部この世界で起きる。

しょっちゅう自分が生きている意味を知りたくなって、愕然として、
「あぁ、頑張れねぇよ、もう」と諦めたくもなりますが、これから
色々なことが起きていくであろう世界を目の前に、こりゃ結局、
「楽しむかどうか」ってことなのだろうな、と、いつになくポジティブな
正月です。

このパソコンの画面の向こう側の皆様へ。
明けましておめでとうございます。
そして、今年もよろしくお願いします。

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この季節になると良く食べる焼芋。
かなり焼芋が好きで大袈裟ではなく週に3回くらい食べます。
おかげで最近太ってきたような・・・。

この間、通勤途中で焼芋を買って事務所で食べていました。
職場に来ているボランティアさん(80歳目前!!のおばあちゃん)に
半分あげようと差し出すと、「あたしゃ、要らないよ」と言われました。

戦後の焼け野原でイモばかり食べていたから、もう飽き飽きだと。
他にも南瓜や玄米、麦とかそういう戦争を思い出すと言います。

私は戦争を知らない世代というか、TV画面の向こうで戦争をやって
いることを観ている世代だから、焼芋に何の思い入れもなく、
ただ純粋に好きだからバクバク食べられる。

でも、2つ上の世代は戦争のど真ん中に居た。
戦争だけが特別な体験だとは思わないけれど、自分の意思だけでは
どうにも止められない、それは不条理なことだ。

それに、やっぱり焼芋はおいしいから、おいしいものがおいしいもの
として食べられず、焼芋が可哀想になった。

焼芋は何にも悪くない。それにおばあちゃんも何も悪くない。
ただ、それでもやっぱり私は焼芋をバクバク食べてしまいます。

Wholesale Galvanni 09/06
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ペピンはいま、大体土日で身体を動かしたりミーティングを
したりしています。稽古や話合いに出るととても活性化されます。
明日へのやる気が出てくるというか。

ただ、この蒸気にも似た「明日へのやる気」は瞬間的というか、
なかなかそうそう持続しない。

逆に離れている間は考えたり想像したりの繰り返しで、
そういう時はなかなか前向きに考えられない。
「明日へのやる気」が湯気みたいに「ポーッ」と噴出して
きません。

そういうのが忘れるっていうことなのかもしれないです。
なんかそういう大事なところを忘れてしまう自分に腹立たしく
思ったときもありました。

落語家の故三遊亭円楽さんの話があります。
『愛し合っている二人が別れることになってしまいました。
女の人が「どうしてさ?」と問われたときの男の言葉』という
お題で、円楽さんはこう答えています。

「別れなきゃ、また会えないじゃないか」

カッコいい。円楽さん、私はこう言いたい。

「忘れなきゃ、また思い出せないじゃないか」
「忘れなきゃ、また会えないじゃないか」


忘れてしまう自分がいる。でも、思い出すためにまた会いに行く。
ペピン結構設計はそんな場所です。

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ずいぶんとご無沙汰してしまいました。すみません。
この間、冷え込みが厳しくて「いよいよ冬だなぁ」と感じます。
寒いから当然、長ズボン・長袖で通勤しています。

でも小学校のとき、なぜか長ズボンを買ってもらえなかった。
夏はいいけど、冬場もなぜか膝上の半ズボン。
「子どもは風の子、元気な子」と言うけれど、小学5,6年になると
さすがに寒くて仕方なかった。

それに5,6年になると性徴っていうんですか、腕とか腿とか
毛が生えてきて、恥ずかしい話、毛深い方だから目立つわけです。

もう小学校高学年とか中学校とか高校とか、体毛関係は本当に
センシティブというか。からかわれ方も尋常じゃなくて、トラウマに
なっておかしくないくらいダメージが大きいですね。

だから小学校の頃は本当に惨めで半ズボンであることが憎くて
しょうがなかった。

中学校になると制服になったから、そういう辱めは減ったけれど、
中学生になって初めて買ったジーンズには感動した。

あったかいし、毛も隠れるし、何よりカッコいい。
体毛を隠しながら、且つカッコいい。

いまも年の大半はジーンズです。今はもう毛のことも大して気に
しなくなったけど、ジーンズはくたびに「結構救われたな」と感じます。

のりたま 11/22
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目から入った情報が脳みそに届いて画を結ぶまでには
ちょっとだけ時間がかかる。だから、目に見えている
世界はちょっとだけ過去の世界だ(ろう)。

本当の「今」は、目に見えているよりもちょっとだけ早く
進んでいるんだな。これはサイエンスだと思う。

「だからどうした!」と言われると困るんですが、
認識と現在の間にちょっと別の世界が潜んでいるんじゃ
ないかなと。そう想像します。

でも身体はそういう世界に触れている。
本当のことは身体の方が知っているのかもしれないなぁ、と。
そう想像します。

どうも 10/20
下田 10/22
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明日で29歳。30歳まであと1年です。
だから今日は、30歳まであと1年の日です。

仕事場で最近、「おじさん」と呼ばれました。
お兄さんだろ!と思っていましたが、周りの目はすでに
おじさんなのですね・・・。

なんか普通で恐縮なのですが、「30歳まであと1年」
とか意識すると途端に焦る自分がいます。

何に焦っているのか不明ですが、「このままじゃいかん!」
ということでしょうか。じゃあ、なんだったらいいんだい?
問うてみてもうまい答えは見つかりません。

「こう生きたらいい」っていう答えが欲しいのかもしれないけれど、
そんなものないよってTVでも雑誌でもみんなが言っている。
バブル崩壊から不景気が続きすぎて、答えを求めようとする
ことに慣れすぎているのかもしれない。
そうしてもがいている自分に「がんばってるじゃん」って声を
かけてあげたいのかもしれない。

でもでも、それじゃ駄目だろ。そんなんじゃ駄目だろ。
30歳までのラスト1年間。答えはある。きっとある。
そう信じて進むんだ。

びろーど 10/09
下田 10/13
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「つきよのキャベツくん」にはトンカツさんが出てきます。
キャベツくんとぶたやまさんをつなぐ「トンカツ」。

トンカツ食べた記録を公演まで続けていこうと思います。

前回、ミーティングで食べたのは横浜にある和幸でした。

今回は御徒町にある「とんかつ井泉(いせん)」というお店。
ホームページはこちら : http://www.tonkatu-isen.com/

ヒレカツ定食1,800円。
ご飯・キャベツおかわり自由。豚汁とお漬物がついています。
箸で切れるトンカツということで、とても柔らかい。
アツアツなので「や やはらかひ はふはふ・・・」となります。

井泉のマスコットらしきキャラクターがとても可愛かった。
tonkatsu0915.jpg

この「トンカツたべた」、週刊でレポートしていこうと思います。
すごい太りそうだけど、がんばります。

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